2014年9月 1日

FIA Group R

来シーズンの全日本ラリーで導入が決まったFIA R1~R3車両について触れたいと思います。
エンジンチューニングがされたR2やR3では新車で一千万円前後する車両価格とか、その多くが海外メーカー車であることと、
海外から車両を取り寄せた場合の国内登録の問題とかありますが、他にも触れたい箇所はあります。

全日本ラリーに黒船というか、サソリの船に乗ってイタリアからアバルト500R3Tがやってきたわけですが、
今では国内メーカーでの2000ccターボAWD車はスバル以外では望めなくなりました。
海外メーカー車ではVWゴルフRが同様のディメンションを持つクルマではありますが、そういう要求のある車種ではありません。
ましてやGr.N自体、2013年限りでFIA公認が出来なくなっているので、
来年の全日本ラリーからFIA R1~R3カテゴリーの車両の参戦は、必然的であったと思います。
現に似たような状況を持つオーストラリア選手権では、数年前から2WD車を最高峰とする選手権になり、
それは「G2」と呼ばれる独自レギュレーションで、現地のインポータが支援するラリー車が走っています。
なお、AUSのG2仕様や日本のRJ仕様のラリー車は、FIA選手権であるAPRCに出走可能です。

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2014年7月 3日

PEUGEOT 206XS Gr.A

プジョースポールという会社はその昔からワンメイク戦を企画していて、随分盛んにして多くの有名選手を輩出してきました。
古くは名車205GTiから現在の208R2に至るまで歴代のプジョーのBセグメントの車種をベースにしたラリー車は、
現在でもヨーロッパ各国のラリーで多く使われていることからもわかります。

1999年から2001年に至る3シーズン、フランスとイギリスでは106S16/GTi Gr.Aを使用したワンメイク戦が開催され、
チャンピオン獲得クルーは翌シーズンの欧州内のWRC2戦に206WRCで参戦できるプランが提供されました。
2002年シーズンからワンメイク戦の車両が206XS Gr.Aに変更されました。

206XSは206の中でも安い方のスポーツグレードで排気量は1600ccで最高出力は110PS。
これをベースにハイリフトカムシャフトや等長エキゾーストマニホールドなどで出力をアップ、
ラリー用サスペンションやロールケージなどのラリー用の装備を調え、ブレーキにはフロントのみAP4ポッドキャリパー、
ギアボックスにはプジョー306S16用6段シンクロにZFのプレートタイプのLSDを装備していました。

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2014年6月26日

HYUNDAI Coupé Kitcar

今思うことですが、ヒュンダイが90年代後半に2-Litre World Cup for Manufacturers(W2L)に参戦していた頃は、
案外マトモに、現在のWRC参戦からすると堅実に活動していたんだなって思いました。
そう思えるのは、2000年からWRカーで参戦していたWRCの2003年シーズンに於ける一連のゴタゴタがあったからこそです。
端的に書くと、2003年シーズンに全戦参戦するとFIAと契約したものの、資金不足で最後の数戦を残して撤退してしまい、
その際にFIAとの契約に従って参戦しなかった分の違約金を払うことになっていました。
当時のヒュンダイでも邦貨で1億円程度の違約金は払えないはずではないのでしょうけど、
WRC活動不振の原因は、当時ワークス活動を委託していた英国のモータースポーツ企業にあるとして裁判沙汰になったからです。

とは云えお金を掛けたWRカーの開発がままならぬばかりか、メカニック達はホテルに泊まれずサービステントで寝ていたとか。
当時のヒュンダイには市販車の販売不振もあって、モータースポーツにカネを投じ続ける意味がわからなかったと思います。

●1998 Rally de FRANCE-Tour de CORSE
#21 Alister MCRAE/Chris PATTERSON 15th(5th W2L)

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2014年6月22日

NEW ROAD NEW SATELLITE NAVIGATION

ここ5年前後で首都圏を中心に道路地図が大幅に変わります。
4年ほど前に首都高中央環状線が4号新宿線と交わる西新宿JCTから、3号渋谷線と交差する大橋JCTが開通。
そして今年度中に更に南下して湾岸線とつながり、これで中央環状線は全通します。

下の映像は、2010年3月下旬の中央環状線の大橋JCT供用開始日に山手トンネルを富ヶ谷ランプから入って通ったときの物です。
まだプジョー106に乗っていた頃です。

川崎市中部在住のわたしの場合、東北方面に行くときは首都高3号線の用賀ランプから大橋JCTを通っていくのですが、
帰りは都心環状線を通過せざるを得ません。中央環状線内回り大橋JCT手前が昼と云わず夜と云わず確実に渋滞するからです。
都心環状線経由でも渋滞しますけど、大橋JCT経由と違ってトンネルの中なんて事はないのです(^^;;。

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2014年6月 9日

NISSAN HERITAGE COLLECTION

わたしは以前から、日産自動車の座間記念車庫を観に行きたいと思っていました。
ここは座間事業所の一区画を利用した施設であることから、記念車庫側で設定した平日に見学者を募集する形態で、
ホンダ・コレクションホールやトヨタ博物館のような週末に行けるような博物館としての一般公開の格好はとっていません。
先週時間が出来たので観に行く事ができましたが、「もの作りの現場」としての見学の形態を取っているそうです。
見学時間の制限もあり、ガイドの女性の指示に従って行動する点もあるんで、その辺も博物館とは違います。

http://nissan-heritage-collection.com/

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2014年5月 6日

RENAULT Maxi Mégane

99年シーズン、英国ラリー選手権は全6戦開催されました。
そして2-Litre World Cup for Manufacturersを奪取すべくライバルのヒュンダイと戦うために、
英国選手権のチームである「Renault elf Dealer Rallying」は英国選手権の合間に国外のWRCに遠征しました。
ポルトガル、ツール・ド・コルス、フィンランド、サンレモ、オーストラリア、そしてグレートブリテン。
14戦の内11戦に参戦したワークスチームのヒュンダイとは違いますが、結局FIAカップをルノーにもたらしました。
英国チームが参戦しないヨーロッパのラリーでも別のルノーのユーザーがポイントを獲得していたことが大きいです。

マキシ・メガーヌは登場初期はターマックでは優秀ではあっても、グラベル路面での戦闘力には疑問符が付いたこともありました。
しかし、グラベルでの戦闘力を身につけこの時代の2輪駆動ラリーカーのなかで最も優れたラリーカーになったのは、
英国ディーラーチームをオペレーションしていたautomecaの開発能力だと云われています。

そして、「Renault elf Dealer Rallying」は英国選手権でも98年と99年にメイクスとドライバーズタイトルを獲得し、
99年最後の参戦であるWRCラリーGBを以て撤退します。
因みにルノースポール自体、90年代に於いては英国内でのモータースポーツ活動はすさまじいモノがあり、
93年から参戦を始めて2度のチャンピオンを獲得したBTCCも同じ99年に撤退しました。

●1999 Network Q Rally of Great Britain●
#23Tapio LAUKKANEN/Kaj LINDSTRÖMSS19 Fuel pump
#27Martin ROWE/Derek RINGER18th(2nd Formula2)

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2014年5月 4日

PROTON Compact/Satria SRi Group A

ちょっとフツーの外観のラリー車を載せてみました。マレーシアの国策メーカーのプロトンのラリー車です。
これは1600ccSOHC16バルブエンジンのグレードの車種でFIA公認を取得、Gr.A規定に合わせて各部がアップグレードされています。
最初に出した画像はプロトンUKのファクトリーカーではありませんが、それでもそれに準じた作りになっているようです。

それと何遍もこのブログで書いていますが、この車両は三菱ミラージュ(CA系)がベースになったモノです。
1999年当時このクルマは英国では「Compact」の名で販売されていましたが、後に現在まで続く「Satria」の名に変更されました。
なお現在は撤退しましたが、一時期ドイツで「300 Series」として販売されていた時期もあり、
1600ccのグレードには「316」、1800ccのGTiには「318GTi」の名で売られていました(^^;;。

1999 Network Q Cheltenham Rally Show

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2014年5月 2日

FORD Fiesta Super1600

フォード・ジャパンがこんな辺境のマーケットのショーにこれを持ってきたのは結構意外でしたね。
だって日本じゃ欧州フォード車って人気無いんですよ、この2003年当時も。
この数年後に欧州フォードは円安の影響で一時期日本から撤退しましたけど、初代フォーカスなど優秀な車種もあったし、
94年頃初代モンデオが欧州車なのに198万円の値札をぶら下げて販売していたこともありましたっけw
それでも日本で欧州フォードの車両が人気がなかったのは、まずVWが圧倒的に強かったこと、
一般ユーザーにはフォード車と云えばアメリカ車の認識が強かったからだと思います。
欧州フォード車にしても、現在その本部はドイツのケルンにありますが、ヨーロッパで最初に「Type T」が生産されたのは英国だし、
60年代までは英国と大陸側とフォードの本部が別々に存在していたし、まぁ無国籍感があるんでしょうね。

それとマルコム・ウィルソンは昔から決して商売上手だったワケではないと思います。
実際このフィエスタS1600のように販売を目的とした競技車両なのに、デビュー時からその実績が上がらず徒花に終わった車種もあります。
開発にカネを出したのは欧州フォード側だったかと思いますが、モノを開発して売って儲けるのは彼とその会社の仕事。
しかしコイツとかその前のプーマS1600とかうまくいかなかったですね。

画像が粗いのは、当時今より性能の低かったデジカメで撮影したからで、その扱いも慣れない部分もあったから、
設定で画素数を小さくして何枚も撮れる様にしたもんです(^^;;。

●Prototype named FIESTA RALLYE CONCEPT in 2003 Tokyo Motor Show●

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2014年4月30日

CITROËN SAXO Kitcar/Super1600

最近ネタが枯れ気味ですので、手持ちの旧いラリーカーの画像をアップしてみました。
その中には、その昔に提供していただいた画像もありますので、今回から画像にクレジットを付けてました。
スーパー1600が創設された2001年シーズンにこのカテゴリーを席巻したのがシトロエン・サクソでした。
これはシトロエンが見いだしたあのセバスチャン・ローブの才能もありますが、
あまりに速かったため、シーズン途中でエンジンの規則変更があったぐらいです。

その後シトロエンは同じ名を持つ青年にその才能を見いだし、サクソの後継車のシトロエンC2 S1600でJWRCチャンプを獲ります。
2013年ワールドラリーチャンピオンのセバスチャン・オジエがその人です。

●1999 Network Q Rally of Great Britain●
#108 Niall McSHEA/Mark CASSIDY SS20 Accident

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2014年3月30日

ダートラ見て思う

およそ3年ぶりぐらいで久々に丸和の全日本ダートラを観に行きました。

競技自体は、SA2クラス(ナンバー付で吸排気をいじれるAWD車のクラス)でタイムの更新がビシバシ出て面白かったけど、
なんか今ひとつピリッとしない部分がありました。それもあって午後はSA2まで見て帰ることにしました。

なんていうのか、Dクラスが昔のように面白くなくなったんじゃないかと思います。
Dクラスはぶっちゃけ安全規定さえ遵守すれば全くのオリジナルの車体でもよく、所謂ナンデモアリクラスだと思えばいいです。

そのクラスに久々にブランニューカーが登場しました。谷田川選手のGVBインプレッサです。

お昼にパドックでこれを間近に見たのですが、車内はFIAタイプのロールケージが張り巡らされてインパネが作り替えられ、
EJ20エンジンの上には子供の頭ほどのどでかいタービンが鎮座していました。
実際走るのを見ていましたが、ストレートでは「はぁ!?」ってぐらいとんでもない速度で走るんですな。
でもこの車両はロードカーから改造した車両に過ぎないのです。

嘗てのかのキャロッセ・スーパーDなどのようなあっと驚かせるようなのが居なくなった寂しさを覚えます。

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