2014年12月28日

JANSPEED Exhaust System

以前、206GTi180の排気系がもげて爆音状態になっていることを書きましたが、
このほど思い切って、イングランドのメーカーJANSPEEDのサイレンサーに交換しました。
因みに英語読みだと「ジャンスピード」と読みますが、「ヤンスピード」と読むそうです。
創業者がハンガリー人のヤノス・オドール(János Ódor)なる人で、1956年のハンガリー動乱でイギリスに亡命して始めたのだとか。
80年代後半から息子キースを要してレース活動を開始、後にBTCCで日産のワークス・オペレーションをすることになりましたが、
1995年のドイツSTWカップのベルリン・アヴス戦のアクシデントにより、キースは帰らぬ人となってしまいました。
このシーンは日本でも発売されたVTRにも出ていた壮絶なクラッシュです。

206GTi180のサイレンサーの取り回しはちょっと複雑で、他の206と全く違います。
普通の206の排気系の配管は普通にリアの方に配管されて極端なベンドとかがないのですが、
206GTi180/RCだけは他の206がスペアタイヤを吊すところに大きなサイレンサーが横たわっています。
これは、206GTi180や206SW系のリアサスペンションが他の206と違ってトレーリングアームに補強バーがあるためで、
206SWは全長があるので普通に配管できるものの、206GTi180はサスペンションアームの取り合いと法規と性能を考えた結果、
下画像のような重たい分銅のようなサイレンサーが付くことになったと考えられます。
更に性能が上がった分排気熱も上がった結果、無理に曲げた箇所にストレスが発生して取付部がコケたという感じです。
こうした形状の排気系故にスペアタイヤが用意されず、パンク修理キットが入っているのは有名です。

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2014年12月27日

新城ラリー2014

昨年は行かなかった新城ラリーになんとか行って来ました。というより、今シーズンの全日本ラリーはこれが初めて。
しかも仕事の都合で、競技がスタートした11月1日土曜日の休みが取れないので日曜日だけの観戦、
その日曜日だけに設定された限定80のプレミアムツアーチケットを確保して、新幹線とレンタカーで移動しました。
このチケット、発売数が少なかった為か発売日午前中には既に完売。全日本ラリーってそんなに人気あったっけ?w

日曜日だけ見ると行っても、土曜日は職場に装備一式を持って出勤して、退勤後に東京駅から新幹線「こだま」で豊橋に移動。



豊橋で予約していたレンタカーで市内の「男性専用サウナ」なる所で泊まりました。イカガワしい場所ではアリマセンw
ここに着いたのがもう日付が変わろうとした頃で、その上朝が早いので、普通のホテルの料金じゃ高いと思ったわけです。
因みに、下画像右側のお尻の見えているクルマが今回のお供となった日産ノート。

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2014年12月 6日

排気系がイカれたようでw

French Blue Meetingから遡ること3週間近く前の9月28日に、
箱根仙石原の「Fun2Meeting」なる雑多なクルマ好きのイベントに参加しました。
詳しい事はAUTOCAR JAPANのイベントレポートにありますけど、それこそ雑多なクルマが参加しました。

どんだけ雑多かというと、ウチのプジョー206とプリムス・ロードランナー、メルセデスAクラスがイベントで並べるぐらい雑多ですw

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2014年11月30日

French Blue Meeting 2014

今年もなんとか行って来ました。
今のわたしの職場では、一応土曜日は休みになっていますが、現在は業務の都合上土曜日はおろか祝日も休めません。
そうなるといきおいこの手のイベントモノは10月19日日曜日日帰りだけになります。
土曜日にどこかに泊まってという風にはしたかったけど、この辺は仕方がないです。

そんなワケで今回も友人と行ってきたのですが、去年は彼のクルマ(プジョー106)を出してもらったので、
今回は自分の206を出すつもりでしたけど、折からの排気系の故障の為に出すことが出来ず、今年も106で行きました。

昨年は土日共に雨が降ってしまい、日曜日は午前中で退去をしたのですが、今年は土日共に快晴。なんでも9年ぶりだとか。
FBMは再来年で30回。わたしが買って間もないプジョー106を持ち込んで初めて車山を目指したのは2002年、16回目の頃。
何度か都合で行けなかった事もありますけど、大体行ってますw

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2014年9月27日

MAZDA 6 Diesel

先頃Facebookに出ていた、関東マツダ「1日乗りホーダイ!!」キャンペーンにポチッと応募し、
マツダが提唱するSKYACTIVテクノロジーを堪能してきました。
今回乗ったのはマツダ・アテンザ・ディーゼルなのですが、タイトルは敢えて輸出名にしました。
1日乗りホーダイとはありますが、実際はディーラーが開く10:00から同じ日の午後6時までですから、行く場所は限られます。
正直、東名川崎ICから海老名経由で圏央道を通り、八王子西で中央道に出て山梨まで行こうと思ったのですが、
ここは一つ、マツダに敬意を表して箱根ターンパイクに向かいました。
最近、ネーミングライツの筆頭者がマツダになったからですが、この道路自体私道であり、
所有している会社は、現在はNEXCO中日本の子会社なんだそうです。だったら近い内にETCを設置してくれるかな?

あ、影の位置が悪い。もちょっと構図を考えて取れば良かったかw

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2014年9月19日

スコットランド独立に思う

今、大ブリテン島がスットコランド、いやスコットランド独立の是非を問う国民投票で揺れています。
スコットランド出身の人物は大英帝国の一員と云うより、スコットランド人であるという意識が強く、
今は天に召されてしまった95年WRCチャンピオンのコリン・マクレーもその1人で、
彼のラリー車の国旗表示がセント・アンドリュー・クロスであることも多かったです。
1993年のニュージーランドでのWRC初優勝の時、そして95年のRACラリーに勝ってでワールドチャンピオンを決めたときも、
セント・アンドリュー・クロスを振って、コドライバーとして苦楽を共にした同じスコットランド人のデレク・リンガーと、
現在では禁止されているドーナツターンを決めて喜びをあらわにしました。
チャンピオンの時はもしかしたら、「地元」グレート・ブリテンで勝ったというのがあっての事かも知れません。
FIAの表彰式の時は、スコットランド人の正装であるキルトを身につけて出席したのは有名です。

それに対して、英国人ラリーファンは全体的にコリンは「俺たちのチャンピオン」と意識がかなりあって、
仮にスコットランドが独立しても、彼の英国人ファンが減ってしまうと云う心配はないのかも知れません。

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2014年9月15日

iPhone 6

先頃AppleからiPhone 6が発表されました。

見た感じではなんだかSamsung GALAXYシリーズみたいに正直安っぽく見えます。
というより現行機種の5Sや5Cから安っぽくなったという印象はあります。
とは云えAppleにしてみれば、みんなカバーを買うのだから、安っぽくていいじゃんって感じが透けて見えますよねw

当方は現在iPhone 5 16GBを使っています。所謂2年縛りが再来月で終わるので買い換える事を検討しています。
買うとしたら、ちょっと高額なのですが、GPSナビにも使うこともあるので、画面の大きなiPhone 6 Plusになるかと。

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2014年9月 1日

FIA Group R

来シーズンの全日本ラリーで導入が決まったFIA R1~R3車両について触れたいと思います。
エンジンチューニングがされたR2やR3では新車で一千万円前後する車両価格とか、その多くが海外メーカー車であることと、
海外から車両を取り寄せた場合の国内登録の問題とかありますが、他にも触れたい箇所はあります。

全日本ラリーに黒船というか、サソリの船に乗ってイタリアからアバルト500R3Tがやってきたわけですが、
今では国内メーカーでの2000ccターボAWD車はスバル以外では望めなくなりました。
海外メーカー車ではVWゴルフRが同様のディメンションを持つクルマではありますが、そういう要求のある車種ではありません。
ましてやGr.N自体、2013年限りでFIA公認が出来なくなっているので、
来年の全日本ラリーからFIA R1~R3カテゴリーの車両の参戦は、必然的であったと思います。
現に似たような状況を持つオーストラリア選手権では、数年前から2WD車を最高峰とする選手権になり、
それは「G2」と呼ばれる独自レギュレーションで、現地のインポータが支援するラリー車が走っています。
なお、AUSのG2仕様や日本のRJ仕様のラリー車は、FIA選手権であるAPRCに出走可能です。

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2014年7月 3日

PEUGEOT 206XS Gr.A

プジョースポールという会社はその昔からワンメイク戦を企画していて、随分盛んにして多くの有名選手を輩出してきました。
古くは名車205GTiから現在の208R2に至るまで歴代のプジョーのBセグメントの車種をベースにしたラリー車は、
現在でもヨーロッパ各国のラリーで多く使われていることからもわかります。

1999年から2001年に至る3シーズン、フランスとイギリスでは106S16/GTi Gr.Aを使用したワンメイク戦が開催され、
チャンピオン獲得クルーは翌シーズンの欧州内のWRC2戦に206WRCで参戦できるプランが提供されました。
2002年シーズンからワンメイク戦の車両が206XS Gr.Aに変更されました。

206XSは206の中でも安い方のスポーツグレードで排気量は1600ccで最高出力は110PS。
これをベースにハイリフトカムシャフトや等長エキゾーストマニホールドなどで出力をアップ、
ラリー用サスペンションやロールケージなどのラリー用の装備を調え、ブレーキにはフロントのみAP4ポッドキャリパー、
ギアボックスにはプジョー306S16用6段シンクロにZFのプレートタイプのLSDを装備していました。

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2014年6月26日

HYUNDAI Coupé Kitcar

今思うことですが、ヒュンダイが90年代後半に2-Litre World Cup for Manufacturers(W2L)に参戦していた頃は、
案外マトモに、現在のWRC参戦からすると堅実に活動していたんだなって思いました。
そう思えるのは、2000年からWRカーで参戦していたWRCの2003年シーズンに於ける一連のゴタゴタがあったからこそです。
端的に書くと、2003年シーズンに全戦参戦するとFIAと契約したものの、資金不足で最後の数戦を残して撤退してしまい、
その際にFIAとの契約に従って参戦しなかった分の違約金を払うことになっていました。
当時のヒュンダイでも邦貨で1億円程度の違約金は払えないはずではないのでしょうけど、
WRC活動不振の原因は、当時ワークス活動を委託していた英国のモータースポーツ企業にあるとして裁判沙汰になったからです。

とは云えお金を掛けたWRカーの開発がままならぬばかりか、メカニック達はホテルに泊まれずサービステントで寝ていたとか。
当時のヒュンダイには市販車の販売不振もあって、モータースポーツにカネを投じ続ける意味がわからなかったと思います。

●1998 Rally de FRANCE-Tour de CORSE
#21 Alister MCRAE/Chris PATTERSON 15th(5th W2L)

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