Who was Group B for ?
まずはこのYouTubeの映像を見て欲しい。
過去のラリーの映像をつなぎ合わせて作成してあるものの、このアップロード者のラリーへの愛情がわかる映像だ。
WRC is for boys.
Group B was for MEN.
この映像の冒頭の言葉は、4度のWRCチャンピオンになったユハ・カンクネンが発したものだそうです。
確かに彼ならこうした言葉は云うだろうし、云う権利もある。
WRCはガキ共のもんだとは云うものの、別にWRCを貶して云っているわけでもないでしょう。
それほどGr.Bラリーカーは彼にとってもわたしにとっても、一線から消えて25年近くになっても、今でもとても強烈な存在です。
Gr.Bが恐竜のような存在になったのは、個人的には好きではないのですがあのランチア・ストラトスHFだと思います。
それはまだトップカテゴリーがGr.4の頃で、主流のラリー車が皆フロントエンジン・リアドライブ車のファミリーカーベースで、
ストラトスがその中に出てきた世界初のラリー専用車というクルマなのは有名です。
わたしがストラトスが好きではないのは、当時のラリーカーの中では飛び抜けたデザインってのもあるんですが、
そのボディデザインから現代レベルの曲げ剛性を持つと云われるシンプルで頑強なリアセクションに至るまで、
全てがラリーに勝利するという意味合いに於いて開発されました。
そのため75~77年の有名なモンテカルロ3連勝をはじめ、数々の勝利を収めましたが、
それ故に今までのラリー車を全て旧態依然なものにさせたことも好きではないという理由の一つです。
もしかしたらフォロワーはいたのかも知れませんが、当時は第二次中東戦争による石油危機の直後で、
そうした車両の開発は出来なかったのでしょう。
70年代のラリーカーの象徴はストラトス以外はなかったのですが、82年から走り始めたGr.Bラリーカーですが、
それの象徴とも云うべきプジョー205T16は、現代ラリーカーのメートル原器でもある
アウディ・クワトロ
わたしが世界で一番好きなクルマであるのですが、これが存在しなければ、他のフォロワーも含め生まれ得なかったわけです。
70年代半ばのGr.4ラリーカーはストラトス以外はアルピーヌA110ぐらいしか現在でも語られるクルマはないのですが、
80年代半ばのWRCでは、頂点を目指したGr.Bラリーカーは相当数が今でも伝説の存在です。それはなぜでしょうか?
それはそのラリーカー作りが今のWRカーよりも遙かに自由で野心的だったからだと思います。
同じクラスのトップカテゴリーに、エンジン位置と駆動方式だけでもファミリーカーベースのフロントエンジン/リアドライブ車、
フロントエンジンAWD車、リアミッドシップ/リアドライブ車、最後にリアミッドシップAWD車があり、
エンジンにしても、5気筒ターボ、4気筒自然吸気またはターボ、V6大排気量自然吸気、4気筒スーパーチャージャー+ターボ。
車両構造にしても一般的な鋼板モノコックから鋼管溶接フレームにカーボンケブラー製のカウルを載せた物までありました。
それらは車重が僅か1t足らずで、最高出力はターボカーなら高過給圧をかけて500PSを標榜するモンスターばかり。
0-100km/h加速が3秒以下
これは当時の1500ccターボのF1よりも良い数値でした。故にヘンリ・トイヴォネンをはじめ、幾人かの犠牲を産んだと云われます。
Gr.B時代は、Gr.4との併走が認められた82年シーズンから僅か5シーズンで終わってしまったのですが、
今以て光り輝くのは、今のWRカーよりもレギュレーションによって自由なクルマ作りが求められた結果によるものです。
それらはメーカーとその技術者達のプライドをかけた夢の産物であり、
カンクネンらドライバー達は、コントロールが相当難しかったそれらで腕を奮って好成績を上げることに武者震いし、
ラリーファン達はその化け物じみた加速力と、どこに飛んでいくのかわからないそのラリーカーの挙動に歓喜したのです。
現在、昨シーズンにペター・ソルベルグが使用したシトロエンC4WRCが竄ャ500,000で売りに出ています。
WRCでは今シーズンから使用できなくなるとは云え、フランスやアイルランドなどの一部の国内選手権ではまだ使えます。
これはペターが、あるいは別の個体がセバスチャン・ローブが使ったという程度の代物でしかありません。
単純に云えば、昨今の中古のラリーカーの購入は一般中古車と同じかも知れません。
程度はどうか、スペアパーツはどれだけそろっているか、ラリーに出る際にサポートするところはあるかなどです。
現在WRCのマニュファクチャラー登録チームは、1軍チームであれば全戦参加の義務があります。
1シーズンで使用できるボディシェルは数体、エンジンは1エンジンを2ラリーで使うことになっています。
セバスチャン・ローブが2007年モンテで勝ったときのC4WRCだとしても、それはその後別のラリーでも何戦も使われるのです。
Gr.Bの頃は全戦参加義務はなく、1つのラリーには今よりも価値がありましたし距離も長かったのです。
ラリーカーは今よりも多く製作され、当時WRCを戦っていたワークスチームの場合、
1回ラリーで使用した車体はOHの上、もう一度だけ実戦使用されるかテストカーにされるかプライベータに払い下げられました。
そういう意味から、伝統あるラリーに出た車体というのは今のWRカーよりも価値を持つことになりました。
例えば、86年モンテでトイヴォネンが優勝したときのランチア・デルタS4はある日本人が購入所有していますが、
そうした価値あるGr.Bラリーカーに価値あるヒストリアルが付いて世界的なオークション会社がそれを出品します。
昨年で14シーズンの長きにわたってのWRCでの歴史が終わった多くの2000ccターボのWRカーが、
いつの日かクリスティーズのオークションに相応のヒストリアルが付いて出品される日は来るのでしょうか?

コメントする