地震一過
昨日以来の東北地方太平洋沖地震で被災された方にお見舞い申し上げます。
また今回の地震で亡くなった皆様のご冥福をお祈りします。
地震発生当時、わたしはとある会社に入れたクレームの返信の電話を受けていました。
普段の地震ではないただならぬ揺れを感じ、その後突如停電となりPC画面や電灯がいきなり消えたw
そういう状況でしたので、こちらから急遽電話を切らせてもらった。
ウチは自営業で両親がいつも一緒なのだけど、特に親父は左半身不随故に一番気になる。
しかし流石に戦前世代。オカンはとりあえずコンロのガスをとっとと止め落ち着いていたし、
親父は座ったままだが、真上から落ちてしまうようなものは天井ぐらいなもの。
幸い我が家は阪神淡路大震災後に設計された建物と云うこともあり、棚から細かいモノが落ちてきた以外は全く問題なかった。
両親や兄や姉、その家族もみんな無事。親類縁者も問題なし。友人知人など御世話になっている皆さんもクルマも問題なし。
ガスは使えるけど出来るだけ使わない。水道は幸い生きているけど、余震の影響で止まってしまう可能性もある。
緊急車両のサイレンが鳴り響く有様で外に出てみると、信号機は当然付いておらず、
道路の向かいの中学校では集団下校が始まっていました。それ以外は毎日見ている普通の光景です。
両親は家から徒歩5分の実家に帰ってもらいました。その後会社は早めに閉めることにしました。
とりあえず食い物や水、電池類は必要なので、近所のセブンイレブンで買い出しに行きました。
電灯が消えたままの狭い店内では確かに食料品を中心に売り切れた品が多く、買い物客が長い列を作っていました。
レジスターが使えないので店員さんは電卓で計算し、値段のわからない品物は学生バイトが狭い店内を確認に走り回ります。
無論彼らにも家族や友人のいる身なのに懸命に働き、そして買い物客は普通に会計を待っているのです。
緊急時に乗じて店内の品物や金銭を略奪したり、我先に商品の会計しようとする人間は1人もいません。
因みにこの時点で情報を確認できたメディアはラジオ、そして携帯電話に付いている普段は使わないワンセグTVでした。
それでわかったのは、千葉の石油コンビナートでは大爆発、宮城岩手では小さな都市が壊滅するほどの大津波や大火事が発生。
そしてそれから逃げる人たち、逃げ遅れてしまった人たち、更に不幸にも落命された人たち・・・・。
わたしには友人知人に湘南の海沿いに住む人も多いのですが、相当の打撃を受けている宮城県に出自を持つ知人も多い。
彼ら彼女ら、そしてその身内の人たちはどうしたのだろう?
携帯電話や固定電話は通話が出来なかったのだけど、繋がりにくい乍らも一応iモードが使えて、
この時改めてTwitterやFacebookのすごさを知ることになりました。Mixiはこれらよりもつながりが悪かったです。
改めて実家にて両親の状態、そして懐中電灯の有無を確認し、家に戻って懐中電灯を付けて有り体の夕食を摂り、
余震も収まったようなのでとりあえず寝られるときに寝ておきますw
ライフライン系の職業に就いているので、いつ何時緊急時対応を迫られるかも知れないので、
食えるときに食って、眠れるときに眠れるのがいいかもしれません。ただ夜9時過ぎには電気が復旧しました。
一夜明けたら本当に日常の風景が展開しています。スーパーマーケットに買い物客が押し寄せているぐらいでしょうか?
ライフライン系の職にある者としては電話で会社のお得意やお客に連絡をし、
わたしの会社の業務の専門分野で困っていることはないかと電話を入れ、修理要請のあったところに人を出しました。
しかし我が地元川崎市から北に僅か300kmから600kmの範囲では、原子力発電所がやばい有様になったり、
津波や火災で家を失った人が増加しています。亡くなった人も1000人とか1500人という話も出ています。

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