MAZDA S8P
ロータリーエンジンを搭載する唯一のロードカーであるマツダRX-8が来年初夏に製造を中止、
研究は継続するものの、この広島の自動車メーカーは今後自身が提唱する「SKYACTIV TECHNOLOGY」に注力するとのこと。
そのマツダがロータリーエンジンの開発を始めたのは1960年代初頭のことです。
このエンジンに社運を託して開発をし、最初にロータリーが搭載されたコスモ・スポーツが市販されたのが1967年の事です。
その後の歴史が語るように、マツダ(当時は東洋工業)が製造するあらゆるクラスの車種(マイクロバスも!!)にも搭載されましたが、
その開発の端緒でマツダのフラッグシップを夢見てカロッツェリア・ベルトーネで製作された車体がありました。
当時の日本のメーカーのいくつかは欧州車のデザインを学ぶためにイタリアのカロッツェリアと提携していたのですが、
プリンス・スカイライン・スポーツや日野コンテッサ900スプリントのように、車両デザインと製作の注文もありました。
ロータリーエンジンありきの高級サルーンのプロトタイプとして永くマツダの倉庫の片隅で眠っていたのがS8Pです。

実際の製造は1965年で、日本到着後は東京モーターショーなどで公開されることがなかった車両でしたが、
その後デザインは68年登場のルーチェに、技術的なリソースは翌年登場のルーチェ・ロータリークーペに生かされました。
つまりS8Pはロータリーエンジンを搭載する前輪駆動車としてのスタディモデルなのです。
デザインそのものは当時ベルトーネに籍を置いていたジョルジェット・ジウジアーロですが、
S8Pが完成した辺りではカロッツェリア・ギアに移籍し、その後かの宮川秀之氏とイタルデザインを設立し、
ルーチェなどのデザインを手がけます。
8月に広島市科学博物館でこのクルマを見たときには色んな事を思い浮かべましたので細部を散見してみました。

サイドから眺めると、プロポーションにやはりロータリーエンジンを積んだNSU Ro80との近似性を想起させます。
S8Pは小さなロータリーエンジンの搭載を前提にボンネットを低くしましたが、同じ手法がRo80でも使われたという感じです。
尚、Ro80はドイツ人デザイナーの手によるクルマですが、Ro80はリアがこれほど下がっていません。
しかしルーチェのプロトタイプという考えだけならばルーチェとの近似性があるのは当然ではあるのですが、
フロントのウィンドウスクリーンとAピラー周り、それとリアのCピラーから後方のデザインが、
いすゞ117クーペは勿論、フローリアンとも似たような処理をしているように思えました。


ただ当時マツダが日本で発表しても、国内で好評を持って迎えられるかどうかは微妙です。
ピニンファリーナのデザインによるダットサン・ブルーバード410がテール下がりデザインで不評だったことがあるからで、
マイナーチェンジでテール下がりを水平にしたぐらいで、実際ルーチェは最初からテールが水平でした。
わたし個人はこうしたウェストラインが低めで、グラスエリアが高めに取られた60年代の4ドアサルーンのデザインが好きで、
このクルマもやはり気に入りました。
インテリアはまさに60年代の様式美で、結構豪華な誂えをしてしています。


何故か助手席がありませんでしたが、シートなどはキッチリとレザーにしているところが、
当時マツダがこのクルマをどういう風に扱いたかったのかがわかります。当時の日本車はベンチシートが多かったのです。
この画像ではわかりづらいのですが、リアシートのセンターにはシートバックから出せるアームレストが付いています。
細かいところもみてみました。これはフロントホイール。

S8Pにはピレリのタイヤが装着されていたのですが、どうもそのタイヤは今回のレストアと展示にあたり用意された新品みたい。
如何にも新品タイヤって感じのゴムのにおいがするんですが、製造時に出来るヒゲは元より無いのか取ってしまったかです。
15インチリムでハイトが高く径の大きなピレリのタイヤですが、最新のピレリではなく旧い型式のタイヤです。
ミシュランやダンロップ等はクラシックカー用のタイヤとして、注文すれば旧い型式のタイヤを作ってくれるのですが、
今回のピレリも、トリノから広島に運ばれた1965年当時と同じ型式のピレリとして用意されたタイヤではないでしょうか?
よく見ると、ホイールハウスの中にあるはずのショックやスプリングが見当たりませんが、実走プロトではないからです。
エンジンにしても恐らくボンネットの設計上の理由でトリノに送られましたが、
当時はロータリー開発中故に門外不出のエンジンを送るわけにはいかず、エンジンを模したウッドモデルを送ったとかw
そして、上の画像の右上のエンブレムのようなのは・・・・・・、

若干腐食してしまって読みづらいのですが、「disegno di Bertone」と書かれています。
ベルトーネで架装されたクルマだという証明です。
今やベルトーネは倒産状態。嘗て製造したランチア・ストラトス・ゼロなどの作品をオークションに掛けることになり、
ピニンファリーナだってメーカーから委託された車両生産を引き上げられてしまう羽目になるし、
ジウジアーロのイタルデザインもVWの子会社になる有様。
彼が一時在籍したギアは随分前からフォード傘下で、現在では欧州フォードの一部車種のグレード名に成り下がる有様です。

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