九段の空の下で
わたしたちが小学生の頃(25年前)、
始業式や終業式では日の丸掲揚や君が代斉唱はごくごく普通に執り行われていました。
無論先生達にも父兄達にもそれが当然という空気があったようです。
子供である我々は行事的に面倒くさいと言う面はあったとは思いますが、
それがプログラムに含まれていたことだからと粛々と受け入れていました。そんな日は学校の門柱に国旗が掲げられていました。
これもごく普通のことでした。
国旗に敬意を払い、公式のお祝いに日には君が代を歌う、 そんな当たり前のことだった事をする学校は最近見かけなくなっています。 わたしの通っていた小中学校も少なくても公式行事の日に門柱に国旗を立てることはしていないようです。そう言えば、 国民の祝日には何処の家でも門柱に旗竿に挿した国旗を掲揚していましたが、マンションなどの集合住宅が増えてきたこともありますが、 これも最近では殆ど見かけることはありません。現在においてその日が祝日だと旗日だと目視で認識できるのは、 自宅前を走る電鉄系企業のバスのコーナーポストに付けられた日の丸程度でしょうか。
我々のような第二次ベビーブーマーの世代にはわたしのオヤジ(昭和11年生まれ)のように戦中時に教育を受け始めた親と、 わたしの母親(昭和14年生まれ)のように戦中戦後に生まれて戦後になってから初めて教育を受けた親がいます。 その2種類の親の間では国旗や国歌、あるいは国家についての考え方がやはりちがっているようです。わたしの母親が言うには、 近隣諸外国(支那-中共、韓国、 北朝鮮)があれこれいうのは日本が経済発展して派手にやっているから、諸外国があれこれ云う。 だから日本人らしく贅沢せずに慎ましくすれば・・・・と云っております。まぁそのとおりだと思います。彼らの中華思想的な考えでは、 日本が経済発展は時計の針が左回転してしまうくらいに「彼らの世界」 が変わってしまうことであったろうし気に入らぬ事と思います。しかし日本の経済発展は基本的に我々の祖父母の世代、 両親の世代の努力の成果であるわけで、その世代にいるわたしの母親がこれを云ってしまうとは・・・・・。 オヤジは反対に自分がその中にいて頑張った人間の1人であることは自覚しているようです。
我々の世代が知らぬ「8月15日」から60年を経た本日、 暑い中九段の坂を上りながらそんなことを考え、正午には靖國神社の拝殿で黙祷していました。日本をお守り下さいと・・・・・・。

正午の黙祷直後の靖國神社拝殿から本殿を望む。本来ならば参拝と行きたかったが、
この日は流石に人大杉(爆)。抜け出して遊就館の日露戦争関連展示物を見に行っても
列の空くところがない(^^;;。あまりの暑さに本殿の参拝はとても出来たものではなかったです。
更に残念だったのは、内閣総理大臣が日本武道館にいてこちらまで来て参拝しなかったことです。