そんな時代もあったねと
えーっと、本日で開設(怪設?)してから6年経ったことになるんですよね。 Geoから始まって今ではそっちの方面ではちっとは有名なサイトになっていることは確かなようです。アクセスログを見ると、 海外からは大体毎日5~10のアクセスがあるのがわかります。最近ちょっとさぼり気味なところがありますが、現在、 所蔵している画像をかき集めてスキャナで取り込む作業をしています。ラリーで撮ってきた画像がなくなったら、 今度は昔撮った東京モーターショーの画像でもアップしよかと考えていますので期待しないで待っててください(コラ)。 では今後ともご贔屓にってことで本題に入ります。
比較的育ちがお坊ちゃんで3人兄弟の末っ子だったこともあるのかもしれませんが、 わたし自身のビジュアルは35歳にしてはあまり老けて見られることがありません。寧ろ女性、特に年上の女性には「カワイイ」と何度か云われたことがあり、 男にはなぜか「新#2丁目辺りでモテそうだ」 と云われてしまいます(爆)。多分男前の部類には入るとは思いますが、 この年齢の男にはまず出てくるであろう目尻の小皺もなく、白髪アタマでも# ゲかかっているわけでもないので年齢より若く見られることが実際多いのです。その分というわけではありませんけど、 中学生の頃は偶に渋谷とか新宿に遊びに行ったりするとアンケートとかで「大学生ですか?」 なんて声をかけられたこともありました。これを読んでくださる皆様の中には「ハイハイ、 アンタは昔から女のコにモテていたってことね」と思われている方がいるかもしれません。しかし、 実際のわたしは女性の受けはかなりいいらしいのですが、 それである一定以上のお得なことがあったことは残念ながら今の今まで一度たりともありません。 そうなった理由と思われる出来事を古い順にダイジェストで書いてみます。
幼稚園の頃から小学校低学年にかけて、わたしの友達の大部分は女のコでいつもそのコたちとばかり遊んでいました。 その後は同級生の男子と遊ぶようにはなりましたが、小学3年生のある時、クラスメイトのある女のコと下駄箱のところで何かしらで口論となり、 カッとなったわたしは彼女をグーで殴ってしまいました。この彼女、 空手を習っていたそうですがすっごい気の強いコで、普通なら泣き出すのに涙1つ出さずに頬を抑えて「何するのよ!」 と云われて反対にわたしが泣き出してしまったなんてことがありました。 その日は女のコを殴ってしまったこととその殴ったコに云われたこともあってもの凄い自己嫌悪に陥ったはずです。 それ以来ですかね、女のコは丁重に扱わねばならないと思ったのは。
更に時代が進んで高校生の頃の話になります。通った高校は横浜市にある大学の附属高校。 ある意味ここは似非お坊ちゃん学校でしたね(笑)。当時は私鉄の最寄り駅から学校で決めたルート上を徒歩15分かけて歩いていたのですが、 中高一貫の男子校なもんで同じ制服の集団がゾロゾロと街道沿いの歩道を歩いていたものです。 この学校はわたしが卒業した数年後から女子を受け入れるようになり、今ではすっかり共学校になり、 駅から街道沿いを歩いていたのもバス会社委託のスクールバスに乗って通っているようです。ただ変わらないのがここの冬の制服。 言うなれば旧帝国海軍士官用第一種軍装の様なデザインの制服なので見た目がとても格好良いのですね。 それがよかったのか、その頃は近隣の女子校の女のコから声をかけられることが何度かありました。 私鉄の沿線には女子校が結構沢山あって、 学園祭の時は毎年別の女子校のチアリーダー部がやってきてチアリーディングショーをやっていたほどです。 神奈川県東部に長く住んでいる方ならこれでわたしが出た高校がどこなのかわかるかもしれません(爆)。
高校生活3年間は写真部に在籍していたのですが、2年生の頃の部活のないある放課後、 家が近所にある友達(やはり写真部在籍)と私鉄電車に乗って帰る途中、ある女子校の女のコ2人に「今、何時ですか?」と聞かれました。 左腕に絡む腕時計の時刻を彼女らに伝えたのですが、以来家に帰る時、そのコたちがそれを何度か繰り返し聞いてきました。 その度に聞かれたとおりにわたしは答えたのですが、聞かれるのは友達ではなくいつもわたしの方でした。ある日の帰り、 国鉄(当時)との乗換駅で用を足すのに鞄を友達に預けてトイレに入ったのですが、用が済んでからその友達曰く、 「こないだの女のコが手紙をオマエの鞄に入れておいて欲しいって云ってたから入れておいたよ」 とのこと。そのときのわたしは何故かフーンってなもんで家に帰りました。
翌日の放課後、写真部の部室でその手紙のことを聞かれたのですが、 ことを聞いてしまった部員達があれこれわたしに聞いてきて狭い部室内で騒然となる中でわたしが云った言葉にある同級生の部員が胸倉を掴まんばかりに怒りを表してきました。
「ああ、アレ? アレなら読まずに捨てたわ。」
わたしがサラリと言った一言がそれです。何せ当時写真部と云うところは言い方は悪いのですが、 他の生徒からは女のコにモテそうにないヤツ、女のコと話が出来ないヤツ、アイドルヲタクなヤツの吹き溜まりみたいに思われた部分があり、 怒ったヤツはいかにもそれなヤツだったことを覚えています。 恐らく手紙には乙女の気持ち♥ってヤツが記されていたことは想像に難くないのですが、以来彼女たちと話すこともなくなりました。 当時のわたしは今より遙かに性格がエキセントリックでした。 中学の頃好きだったコに丁重に振られてしまったことが原因で、中島みゆきさんの「女なんてものに」 状態に入っていましたが、 手紙を読まなかったことは重大な間違いだったと暫くしたら気づいたものです。 その後も女のコから声をかけられてはいて、気が向いたら続きを書きますので、へぇ~へぇ~と読み流してください(自爆)。