1989年6月4日 北京 天安門広場で
元々社会主義国は考え方として皆が皆平等に生きられるように
社会が機能させたいという「理想」を掲げたものであったはずでした。
しかし現実には旧ソヴィエトでは指導者層の権力争いでクーデターが起きた結果として、
国家元首たる書記長が度々交代し、支那(=中共)においては60~70年代には文化大革命の嵐が吹き荒れ、
大学教授などの出身階級のよい子弟は赤い表紙の「毛沢東語録」
を手に
炭坑などの命の危険が伴う職場に追いやられたり、あるいは処刑されたりする事例が多く見受けられます。
コミュニズムの指導者が「理想」という言葉の元にその影響力を発揮しているとき、
彼の「理想」の建設に反するものたちが居れば例え殺してでも引きずりおろしてきました。
そして社会主義国は過去そうやって国を維持してきたワケです。
現在の支那(中共)においても、内モンゴルやチベット等の自治区では今でも弾圧されています。
そういう人物を民主主義世界に住まう我々は彼らを「独裁者」と呼ぶわけですが、
17年前の6月4日に支那(中共)の首都北京で、指導者達が「父」と崇める男の肖像の前で、
指導者達に反して自由にものが云えて、その結果として政府や社会の腐敗が治癒される可能性がある
民主的な明るい未来を欲した学生や民衆が大勢虐殺されました。
そして中共政府ではこれを「黒歴史」
と認識してそういった事実が無かったかのようにしており、
以後支那(中共)の教育現場で出てくることはなかったし、ネット上でも検索できないようになってしまいました。
しかし、人民解放軍の戦車の前に立ちはだかり踏みつぶされた学生がいた、
このことは世界中の人々が知っていることです。
指導者の言葉ではこれを「粛正」というそうですが、
我々民主主義世界で暮らす者達はこれをこう覚えるべきだと思います。
急速な経済発展と再来年のオリンピックの裏側にどす黒く存在するものです。