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2006年09月30日

なまらムカツク~(# ゚Д゚)

「駅すぱあと」 なる交通機関探索ソフトをかなり長いこと使っているのですが、
先週2006年10月版を注文したところ本日の昼間に届きまして早速インスコしました。
今回のバージョンから高速バスの詳細検索が出来るようになったのですが、
この高速バスの検索に於いてたった一つ期待していたあの高速バス路線の時刻が出ておりません。
別にそのバスに乗るからと云うわけではありません。

その高速バス路線とは、東京-博多間の日本最長距離1146km、日本最長乗車時間14時間20分を誇る、
「キングオブ深夜バス」の異名も名高い・・・・・・・・・

西鉄高速バス「はかた」 号の時刻が何処にも出ていない!!!!!!!!!!!

HTBの水曜どうでしょうの「サイコロの旅」 ではこのソフトは使えないですね。

どうするよ、 大泉君&ミスター?????

2006年09月28日

事件の後

先週、近所で若い女性が殺害される事件が起きました。

土曜日の午前中、所用で家にやってきた友人夫妻が帰る際に玄関で見送っていたら、
白いスーツを着た妙齢の小柄な女性が自分の周りをうろうろしてました。

「K同通信社の者ですが、今回の事件について・・・・・・」 といきなり聞いてきました。
その時点で、普段はテレビを見ないわたしは何のことかさっぱりわからないし、
彼女に名刺を見せて欲しいといいました。個人的なことを云う場合があるからです。

果たして彼女はK同通信社の記者であるという名刺をわたしに示してくれたのですが、これで事件のことを知りました。
何でも被害者はわたしと同じ中学校を卒業しているそうで、その中学校は我が家の前にあります。
被害者について何か知っているかを聞いてきたのですが、10歳ほど離れているのでわからないとしか云えませんでした。
午後にはCXの記者も取材に来ましたが、同じ事を聞いてきたのでやはり知らないとしか云えません。

事件の起こったトンネルは毎朝通勤ラッシュで混む県道を迂回するのに通る人が多いのですが、
トンネル内の電灯は暗く、昼間でも歩いて通る気がしません。そんなところで起こった事件です。

ここしばらく、仕事の取引先やクライアント諸氏に事件の事をよく聞かれます。
一刻も早い犯人逮捕を望んでおります。

2006年09月24日

旅行博

何処かのサイトで見たのですが、いくつかの航空会社がブースを出していると云うことで、
会場の東京ビッグサイトに行ってきました。

公式WEB http://ryokohaku.com/

DSC_0031
東シベリアのハバロフスクをベースとするダリアビア航空
ある意味エアバスA321みたいな新鋭の国産機ツポレフ214で
新潟(夏期は青森も)に就航している。ロシアや北欧の航空会社は青系統の色をよく使います。


台湾第2の航空会社、エバー航空(長栄航空)のCA。
この彼女は日本人です。


カンタス航空のビジネスクラス 「スカイベッド」
残念ながら今回は起動していませんでした。


ANAのCLUB ANA。殊、「眠る」と言う観点では、
この前に試したJALのSEASONSの方が使い勝手がよく眠れそう。


フィンランド航空のブースにあったムーミン。 ちょっと欲しいかもw


エアバスA380-800のローンチカスタマーとなるシンガポール航空のブース。
1:20の機体モデルが展示されていましたが、ビジュアル的には格好いいとは云えないですね。

木月陸橋

来る25日に東急線の一部がダイヤ改正を行うのですが、 今回の改正の目玉が東横線の武蔵小杉-日吉間の線路の
高架化ということで23日の終電後(24日未明)から行われた切り替え工事を見てきました。
今まで東横線は地平を走ってその上を県道尻手黒川線が跨いでいたのですが、
朝のラッシュ時はここが渋滞のネックになっていました。今回は線路と道路の上下位置を変更する作業です。

DSC_0001
わかりづらいですが、木月四丁目交差点側から撮ったモノです。
終電1時間前でも見物人は多く、角の焼き肉屋さんは終夜営業していたみたい。



旧駅舎は、地下に改札口がありました。
旧駅舎を覆い被さるように新駅舎のドームが出来ています。


新駅舎のエスカレータ。元の計画ではかなり横浜寄りに移動する予定だったとか。
元住吉の商店街は沿線中で物価が安いことから他の地域からの買い物客が多く、
計画された位置では人が来なくなることを懸念した
商店会が東急電鉄側と交渉して今の位置になったと聞きます。


0:29発営業最終電車横浜行き。元住吉には検車区があるので、
みなとみらい線の車両との入れ替え作業がありました。

昼間の予定のためにここで帰宅。流石に5:00発の発電までいるのはキツイです。
朝出かけるのにクルマで通ったら見事に高架橋が出来ていていました。

2006年09月22日

航空グッズ?2態

11日のエントリーでBritish CaledonianのA310-200をその前の土曜日(9日)に購入したと書きましたが、
同時にDVDビデオソフトも買いました。
「コンコルド 1976~2003──超音速飛行の27年」 なるものです。
元が英国のビデオらしく、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のコンコルドの映像が大部分を占めますが、
世界でも数少ないコンコルドを操縦できるパイロット達が愛して止まない彼女たちへの思いや、
2000年7月25日にパリ・シャルル・ド・ゴール空港離陸直後に爆発墜落したあの忌まわしい事故から、
コンコルドをオペレートするBAとエール・フランス、
そしてコンコルドの技術支援をしているエアバス社の誇りを掛けた三位一体の復活劇を描いた物です。
個人的にはどのようにしてコンコルドが復活してきたかを知る手だてになったし、
操縦訓練をアイルランドのシャノン空港で行っていたことも知りました。
さらには、航空機パイロット言うのがかなりヘンタイエンスーな生き物であることがよーくわかる逸品です(笑)。

因みに手前の2機のコンコルドは、英国の玩具メーカーCORGIがGeminiJetsに製作させた2機セットの中身です。 機体裏側にちゃんと「GeminiJets」のロゴタイプが書いてあります。
手前のは「G-BOAC」のレジですが、見たとおりいにしえのBOACカラーになっています。
このレジの機体は実在し、現在はマンチェスター・リングウェイ空港にて保存展示されていますが、
コンコルドはBOACカラー(British Overseas Airways Corporation-英国海外航空)の機体が実在していたことがありません。
コンコルド計画時はまだBOACとBEA(British European Airways-英国欧州航空)がBAとして合併する前で、
BOACの機体として発注されていたので、「ファンタジー」としての存在ということになります。
奥のは「G-BOAF」のレジで、現在はイングランド南西部ブリストル近郊のエアバス社フィルトン工場に展示されています。
フィルトンはコンコルドの生まれ故郷でもあります。

もう一つは友人が教えてくれました。なんでも鉄道車両や航空機の擬人化が熱いとの話だったりするんですが、
そのために、こんな同人誌まで買ってしまったわけです。通販ですが、同人誌を買うのは実は初めてです、ハイw

詳しいことは、「CONCEPT AIRPLANES」まで。 BAコンコルドたんやカラベルさんもいますよ。
英語では航空機や船舶は女性名詞ですから、出てくるのはみんな女のコ(笑)。
ただ実機のカラベルの特徴ある三角窓を、ネコミミで表現するのは個人的には好ましくありません。
ネコミミがあまり好きでないこともありますが、どーせ三角計を示すのなら、
ちょっと大きめの三角形イヤリングでも着けさせたらどうだろう?
大人っぽい可憐さが出ていいような気がするんですけど・・・・・・・・。

このモデルの実機、F-BHRAは現在はパリ郊外のエールフランスのインストラクションセンターで
メカニック養成用教材として大切に保管されていますが、なんでもその役目を終えて博物館に所蔵されるとの話。
記録では1959年に量産型初号機として製作、4月2日にはエールフランスへ引き渡されて「Alsace」と名付けられます。
1976年の引退までAF機として飛んでいたこの機体は、今でも燃料を吹かない状態でもエンジンは回せるし、
油圧装置も無線関係も完全可動だそうです。

一応これが茶箪笥ハンガーに並んだ全機揃ったコレクション。50機はありますけど、 現在飛んでいる機体があまりないです。
JACのYS-11ですら今月いっぱいで国内ライン就航から引退ですし・・・・・・・・・・。

あ、上の画像のスッチーの彼女はその内ご紹介します(笑)。

2006年09月18日

まだまだ続く体調不良

まだ咳ばかりしています。ていうか、ここ数年ほど人様の前でコンコンしていたのですが、今回のはとても重たい。
風邪かな?と思うのですが、熱っぽいときとそうでないときがあるんで風邪ではないようで(ナンノコッチャ)。
以前人から聞いた話では、気温差アレルギーではないかと言うことも出ております。
つまり季節の変わり目でここ最近気温がグッと下がっていることが大きいようです。
出来れば医者にかかりたいのですが、本日は月曜旗日・・・・・・・・・・・。
明日は午前中は某公共工事の入札、午後は別の公共工事の指名を受けているので医者に行く時間は作れるのか・・・・・・・。
それと、花粉症の類はわたしはかかったことがありません。

気温差で咳が出るのがわかったのは、実は昨日は午後からクルマで出かけて夕飯も出先で仲間内と一緒だったのですが、
建物内だと室温があるので咳が出ないのですが、それでもコンコンやることはあります。
問題はクルマの中。雨が降り湿っぽいのでエアコンを付けるのですが、ちょっと室温が下がるともうゲボゲボやってます。
自宅では、これを書いている自室のPC前ではそれほど出ないのですが、
咳ばかりして頭が熱っぽくなりクラクラするとベッドに転がるのですが、今度は部屋のハウスダストで咳を連発・・・・・・・・。
掃除や整理整頓は適宜やっているのですが、やはり書籍類を中心に物がいっぱいあるのが原因か。
あ、天候が安定しないので、ここ3週ほど布団を干していなかったからかな?

因みにわたし、9年前まで喫煙者でした。
11月の初旬のある平日に時間を作ってモーターショーに出かけた帰り道、
カタログ類が詰まった手提げ袋を下げ、気温が高くないのに汗をかきつつ駐車場のクルマに戻り、
車内でタバコを吸って窓を開け渋滞にはまっていたら、汗をかいたこともあって段々気分が悪くなってしまい、
なんか吸いたくなくなったんですね。その翌日は風邪で寝込みました。
それ以来吸っていませんけど、喫煙者だった人がタバコを止めて非喫煙者になると、
気管支関係の抵抗力がなくなるらしい。においにも敏感になりますね。

2006年09月16日

ちょっと体調が良くない

9月に入ってから気温が急に下がったせいか、少し風邪気味です。
月曜日だったか火曜日だったか朝起きたら身体が怠くなり、
現場に出る従業員と打ち合わせをして送り出したらそのまま午前中は寝てました。

現在も決していい体調ではありません。平熱が低いわたしですが、ちょっと熱っぽい感じで咳ばかりしてます。
本来なら今日は泉州からこちらにやってきた知人を仲間内と新宿で出迎える予定で最初は顔を出すと云ったものの、
こんな体調では会うわけにも行きませんのでやむなくキャンセルしました。

体調が良くないのは、ラリージャパン観戦行きを前後して週末(平日夜もある)は殆ど家を空けていて、
ラリー観戦の他に某自動車店や青山のジャズバー、クラリネットのリサイタル等で疲れ気味であることと、
仕事上で少し気の滅入る事が出来てしまったこともあります。仕事で何かやってしまったワケではないのですがorz

先方には申し訳ないのですが、仕事上で気が滅入っていることと体調が良くないので今回は断ったのです(スンマソン)。
母は毎週末前にわたしに出かけるかどうか聞くのですが、今週は気が乗らぬので出かけないと言うことを云うと、
そんな気分ならば、敢えて出かけて誰かに会うなりしたほうが良いとは云ってはくれます。
ウチの母親は商売上の理由と、30も後半を過ぎの独身のイカレポンチな息子には早く結婚相手をということもあって、
色んなところへ行って色んな人と会いなさいと云います。
そしてその息子たるわたしが表でギャンブルにハマって大きな借金を作ったり(パチンコも麻雀もやり方知らない)、
大酒を呑んだり、お金のかかるアブナイ遊びをしないだろうと言うことをよーく知っています、クルマ以外はw
まぁこんなの書いていないでとっとと寝ろと云われそうですが、明日わたしが家を空けるかどうかは気分と体調次第です。

最近発刊されて創刊から買い始めた雑誌に、エイ出版社の「Real Design」 なるのがあります。
わたし自身はこの雑誌に出る素晴らしいホテルに泊まることも、
日産マーチが買えるほどの腕時計を毎日腕に巻くことも、
美しいデザインのクラシックスポーツカーのある生活も今は勿論今後もあるとは思えませんが、
こういうイイモノを見るのはもの凄く好きだし、イイモノを持っている人も好きなんです。
このような方に何人か知人がいますけど、それぞれは所謂ステレオタイプのお金持ちとは違う方々です。

2006年09月14日

出来るだけ失敗しないためのラリージャパン観戦注意事項(執筆中)

先般、ラリージャパンから帰ってきた直後に書いたエントリーに於いて、
今回のエントリーのタイトルと同じタイトルのコンテンツを書くと申し上げましたが、昨日の夜から書き始めています。
ハッキリ申しまして、ラリー観戦は失敗の連続です。チケット確保からレンタカーで走るルートに至るまで
今回もありとあらゆる失敗をしてきました。更にここで断言したいのは、

失敗のないラリー観戦はまずあり得ない。

と云うことです。ジャーナリストなどの職業的な理由でラリーを見に行く方々や、
個人でも年に数戦の海外ラリーを見に行っていた方々と違い、
普通のラリーファンはそうホイホイとラリー観戦に行けるわけではないのですから、
大小はともかく失敗して当然なのです。
来年以降初めてラリージャパンを観戦という方もいらっしゃるかと思いますので、
ラリージャパンならではの失敗を失敗した分だけご紹介するつもりでいます。
無論、わたしが書いたコンテンツの内容以外の失敗をされた方もいらっしゃるかと存じますが、
当方が書いた内容の事を全てクリアしても失敗をすることは思いっきり考えられます。

わたしの失敗したある例は、ある観戦スペース内での観戦位置の確保がままならなかったことなのですが、
同様の場所で観戦したと思われるスペクテイターがラリージャパン関連の掲示板に於いて主催者を批判する
書き込みが散見されました。主催者を批判してはならぬと云うことではないのですが、
スペクテイターの安全を確保しながら迫力あるラリーカーの走りを見せることは、
主催者サイドとしてはもの凄く大変な作業かと思われますので、
主催者を批判される方々にその辺の理解があるかどうかを考えてしまいます。

そういう部分は安全性を確保する目的上見づらいとか狭いとかはやむを得ないので、個人的には諦めています。
ラリージャパンはWRCとは云え日本のラリーですのでお読みの皆様には失礼ながら敢えてエラそうに申し上げます。
20年前の一時期だけとは云え、ラリー車からロールケージ等の安全装備が車両規定で禁止された国のラリーです。

この日本でWRCやAPRCが観戦できるだけでも有り難いと思い感謝しなさい。

2006年09月12日

パイロンスラローム

今日の午後、仕事で横浜市中区まで出かけた帰り道に第三京浜玉川方面の追い越し車線をコルトで走っていたら、
港北ICを過ぎたあたりで2台ほど前のクルマが突如急ブレーキ踏んで蛇行してました。こちらもブレーキを踏んでいたら、

路上に赤いパイロンが落ちていました。

とりあえずブレーキ踏みながら僅かに開いている右側の路肩にステアリングを入れてかわした、と思ったら、
左フロントタイヤかフェンダーがモノを蹴ってしまったようで、モノを片側3車線の真ん中の車線に移動させてしまいました。
場所が場所ですし、こちらとしては緊急避難的な回避行動をする以外は無かったのですが、その後都筑IC手前にもあったし、
都筑ICを過ぎた辺りでも転がっており、左側車線の車両を追い越す直前でこちらの車両のいる追越し車線に入って
障害物を回避してきたので進路を塞がれてしまい、やむなくマキシマムでブレーキングせざるを得ませんでした。

スラローム競技のパイロンタッチ5秒ペナで済む問題ではありません。

都合3本のパイロンをかわして京浜川崎ICの料金所で収受員に障害物の位置を報告しましたが、
ああいう予期できない場所で高速でスラロームするのは出来るならもうやりたくないです。ホント怖かった・・・・・・・・・。

2006年09月11日

British Caledonian Airways機 2態

ブリティッシュ・カレドニアン航空(以下BCal)は70年代にあっては英国第2位の航空会社で、
69年に2つの会社が合併して出来ました。ロンドン・ガトウィック空港をハブにアメリカやアジアに路線を展開し、
日本にも定期路線を持っていましたが、88年にブリティッシュ・エアウェイズに吸収合併されました。

土曜日の夕方、久々に市ヶ谷のりもの倶楽部に出かけて買ったのがBCalのAirbus A310-200(G-BKWT)です。
モデルメーカーは毎度お馴染みのGemini Jetsです。 どうも欧州域内路線で使われていたみたいです。
因みに実機はラインから引退してからはなんかオークションで売りに出ているようです。

実機は「JOHN LOGIE BAIRD」と名付けられ、セント・ アンドリュース・クロス旗が付いています。スコットランド人名由来です。

ブレてわかりづらいかも知れませんが、その名前の下には「The Scottish Television Engineer」と書かれています。
名前の人物、ジョン・ロジー・ ベアード(1888-1946)はテレヴィジョンの原理を発明した
スコットランド人エンジニアとのことです。

もう1機は更に前に買ったMcdonnell Douglas DC-10-30(G-BHDI)です。定期路線で日本にも来ていました。
ご覧になっておわかりの通り、G-BHDIの実機はBA吸収合併後にBAカラーになっています。
その後は貨物機になり、現在はアメリカの砂漠の空港にストアされ、次のオーナーを待っています。

BCal時代の彼女にも、「ROBERT THE BRUCE」なる名前が付いてセント・ アンドリュース・クロス旗が付いていました。
スコットランド王、ロバート1世(1274-1329)のことのようです。

2006年09月10日

蜜月

今月末で、106GTiに乗り始めてから4年になります。
4年半落ち、42000㎞で買ったモノで現在オドメータは94000kmを刻もうとしておりますが、 これといった修理箇所もなく過ごしております。
しかしそこは欧州車、気候のカラッとしたフランスのアルザスから
高温多湿な日本にやってきた彼女にはそれ相応のメンテナンスが必要となってきます。
具体的にはタイミングベルト/ウォータポンプ交換や、各種センサー類の点検または交換、足回りのブッシュ交換などが挙げられますが、 来年の車検時にそれらを整備すると思います。

次に欲しいクルマはこれといって見あたりません。
漠然とプジョー406クーペが欲しいとは思いますけど、正規輸入された3000ccV6のAT車ではなく、 並行輸入でわずかに入ってきた2000cc4気筒エンジンの5MT車が欲しいわけですからそう見あたるはずもなく、
無論わたし自身あのクルマと共に過ごすことはとても楽しいことですし、クルマが縁で友人知人にも恵まれ、 今まで自分の心の中にしかなかった美意識すら表に出てくるようになりました(ホントカヨ?)。 わたしがクルマやその他で何かとお世話になっている方は、「あのクルマはラリーファンのお前さんのキャラクターそのもの」 と云って下さるぐらい馴染んでおります。

クルマそのものは現在も好調を維持しておりますが2年前のあるとき、
70000kmをオドメータに刻もうとする前にウチの106GTiを前述の方の口利きで、さる方に運転してもらいました。
ちょっと名前を出すのも憚れるようなこの人物は元国産メーカー勤務で、
現在は首都圏某所でとあるフランス車系のショップを経営されている方です。
モデファイ関係にも精通し、106パーツの企画販売も含めて相当数取り扱っています(これだけでわかるかな?)。
ドライビングスキルも相当のものを持つこの人物はわたしの106GTiをコルシカ島の様な細く曲がりくねった峠道を
余裕綽々の顔でとんでもないスピードで走らせました。助手席に座るわたしにこんな事をいいました。

「おい、ホントにこれ70000kmなのかよ、全然いいぞこれ!」

なんでも106は脚がノーマルでもオドがこのくらいになるとダッシュボード周りから低級音が出てくるそうですが、
ウチの106はそういう音が殆ど出ていないのです。当時は脚はノーマル、タワーバーも入れていませんでした。
他に問題がありそうな箇所も訊いてみましたが、ステアリングブッシュがへたっているのと、
インジェクターが少しつまり気味とのことでした。インジェクターについては前のオーナーさんがエンジンを
あまり上まで回していなかったからだそうで、この後皆で食事に出かけた際にも運転してもらったのですが、
2速ホールドで上まで回してもらいました。

その後フロントにPRESTOのロアアームバーと貴重品のSiFoのタワーバーを入れておりますが、
それもあってか、今でも低級音の類は殆ど出ていません。機械的なモデファイはこれ以上するかどうかは不明ですが、
もう暫くわたしの家のガレージにあることだけは間違いないようです。


このBLOGのバナーの元画像がこれです。iPodからオーディオ通してスピーカからPatricia Kaasが流れています。  

アタマ死んでます・・・・・・

帯広から帰ってきたその翌日から、色々と忙しいです。
仕事そのものはそれほど忙しいってほどではなかったのですが、今月に入ってから受注が増加し、
昼間は北は東京都板橋区、西は横浜市金沢区まで現場調査に出かけております。

そんななか、クラリネット奏者の知人が初めてリサイタルを行うとのことで水曜日夕方は江東区まで出かけ、
翌木曜日の夜は、仏車仲間のごくさんが一身上の都合で横浜の住居を引き払い、
青森の実家に居を移すことになったので、渋谷のブッツトリックバー東京なる大仏様が店内に鎮座しているお店で
有志による送別会を行いました。なんでも八戸近郊のごく邸の近所にはミニサーキットが出来るとのことで、
サーキット野郎のごくさんはそこで更に腕を磨くことが出来ることでしょう。来年は合宿が催行されるのか??????
全日本ダートラが開催されるサーキットパーク切谷内も近所とのことです。

起きたらアタマが痛い・・・・・・・・・。正午10分前でした。
昨晩出かけた青山のジャズバーに出演されていた日本を代表するジャズトロンボーンプレイヤーの
片岡雄三さん 「片岡雄三QUARTET」で身体起こしています(^^)。

IMG_0017

サイン入りなのはご本人から直接買ったからでして・・・・・・・・・・。

帰りに溝の口の近くでラーメン食べたけど、最近は濃い味のスープを受け付けられなくなったかもしれません。  

2006年09月05日

マルセイバターサンド

ウマウマですよぉ、これ( ̄ー ̄)ニターリ

最初は帯広の六花亭本店で買う予定でしたが、 結局は新千歳空港で帰りのフライトに乗る前に買ったです。

2006年09月04日

2006 RALLY JAPAN

えー、元々行く予定はなかったのですが、ラリージャパン関連のさる仕事をした知人にダマされて云われて
お盆休み前に帯広行きを決定しました。2002年APRCラリー北海道以来4年ぶりの帯広でした。
今回の件は両親以外は他に5、6人程度の人にしか話さず、参戦していた知人にも云わずに行ってきました。 
ホテルや旅館が少ないと云われる十勝管内ですが、幸い苫小牧に住む別の知人が帯広市街からクルマで
1時間足らずの札内川ダム近くのキャンプ場のバンガローを確保していたので、
シェラフを持ち込んで彼とそこに宿泊しました。また色々と失敗をコイてしまったので、
来年以降はじめて観戦を予定している方々向けに

出来るだけ失敗しないためのラリージャパン観戦注意事項

なるコンテンツを書こうと思っています。

しかしそれだけ失敗しながらも今回で5度目のインターラリー、3度目のWRC観戦は本当に楽しめました。
後日観戦記を書くかも知れませんが、お宝にした戦利品もありますのでとりあえずそれらをご紹介します。

昨今、WRCレギュラーメンバーからサインを貰う機会は木曜日のラリーショーでのサイン会ぐらいしかないのが
現状です。
それ以外で書いて貰えるのは余程運がいいとしか思えませんが、
初日の足寄ラリーパークでリエゾン区間での青信号待ちの競技者にねだっていた人を見ました。
信号が青になってもやめないので、後続の一般車が進行できないので余程注意しようかと思いましたね。
別の場所でこの手の人に注意したら逆ギレされたのを見たことがあるのですが、
実際問題車道に飛び出しているので危ないのです。
んで、わたしが貰ったのは国内の有名選手のサインで、2日目の最終サービスでした。
まずは何台ものN4クラス車を向こうに回して真ん中ぐらいの順位でフィニッシュした、
#111 粟津原豊さん(Suzuki Swift Super1600)の場合。 プログラムのスイフトが出ているページに書いていただきました。

来年はスズキがSX4 WRCを来年のRALLY JAPANから参戦させることも予想され、
スズキワークスがスイフトS1600を実戦で日本で走るのは今回が最後と思われます。
尤も3分の1はこれを見に行くのが目的でしたけどねw


 

お次は個人的にはかなり注目していた#106北村和浩さん(Subaru Impreza WRX STI P11)の場合。
PWRC勢や全日本トップランカー勢と競り合い、いい順位でフィニッシュしました。
プログラムの表紙にデカく書くようにお願いしました。

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両選手ともありがとうございました&お疲れ様でしたm(__)m

2006年09月01日

旅行に行くんですけど何か?

 

 

 

 

 

えーっと、日曜日までお出かけして参ります。

出かけることを決めたのは実はわずか一月前、ホントは行くつもりではなかったの、マヂでw
今回出かけることを知っているのはウチの両親以外ではごく一部の人たちのみ。
その人達にはこの件についてはとりあえず黙って頂きました。

これから羽田空港第2ターミナルへ向かいますが、
飛行機で着いた先からはレンタカーを手配しておりまして、
現地で「必要」と云われて買ったのが先回のエントリーのレーダー探知機なのです。

PCは持って行きますが、宿泊先がケータイがダメらしいのでUP出来るかはわかりません。