Lancia Lunch
日本のランチア愛好者のクラブでは最も有名なランチア・クラブ・
ジャパン(以下LCJ)主催のイベントに行ってきました。
毎年この時期に開催されるのですが、今年創業100周年を迎えたというの記念すべき年に合わせて、
ランチア・デルタHFインテグラーレを駆って1988-89年のWRCチャンピオンを獲得した・・・・・・・・
マッシモ"ミキ"ビアジオン氏が招聘されました。

実は持っているマジックペンはわたしが貸したものです。まだ返却されていないけどw
因みに左画像は、フルヴィア1.6HFコンペティオーネのデモランをしていたときの物です。
ランチア製1.6L 狭角V4エンジンをかなりいい音をさせて走ってくれました。
今回着用のスーツは88年のサファリラリー優勝時の物だそうですが、このスーツはLCJに寄贈されるとのこと。
元々寂しかった頭髪は更に寂しく白髪も増えましたが、18年前のスーツが一応着られるんですね。
また彼自身が現役当時一番欲しがっていたのがかのサンドロ・ムナーリですらなし得なかったサファリでの優勝でした。
そういうことですので、彼のサインはミキの写真集、
「MIKI BIASION-Una favola mondiale」
(マウリツィオ・ラヴァーリア著-CONTI EDITORE刊)
※題名和訳:ミキ・ビアジオン-1つの世界的な寓話

のサファリ優勝時のシャンパンファイトのところに書いて貰いました。
ボンネットに乗った右側の人物がミキで、左はコドライバーのティツィアノ・シヴィエロ氏、
左端は現在WRCでJWRC/PWRCのコーディネーターをしているニニ・ルッソ氏。当時はランチアワークスのマネージャー。
ニニの右隣の青のツナギは、禿頭とバンダナで有名なアバルトの名メカニック、リーノ・ブシアッツォ氏です。
因みに現在のミキは、多くの元トップドライバーがするように自動車ディーラー(ランチア)を経営しているのだとか。
彼のラリー屋としてのキャリアの黄金時代もサファリ優勝の頃でしたが、当時の競技車はGr.A車。
しかし彼をトップドライバーにしたのは、ランチアワークス加入前に乗ったコンレロチューンのオペル・アスコナGr.4であり、
3人のチームメイトを失ったGr.Bスーパーカーの時代でした。WRC初優勝もGr.B最終シーズン1986年のアルゼンチンでした。

このデルタS4コンペティオーネをはじめ、037ラリー、フルヴィアHF、ストラトス、
更にはには市販車のランチア・ゼータまで振り回していました。
この手の競技車の始動には車両を熟知したエンジニアが今も昔も必要であることには変わりありません。
今回は、ヒストリック・ランチア・
ラリー(以下HLR)代表のジュゼッペ・ ヴォルタ氏も同席しました。

イベント名に「Lunch」と付く以上は参加費を払えば昼食が支給されます。
今回の会場は大磯プリンスホテルの駐車場でしたが、今回出た昼食のお弁当は日本料理の名店、
なだ万厨房の十月弁当「桐」でした。これは参加者、スタッフ、
主賓共通です。
これにお茶とTop'sのチョコレートケーキが付いてきました。ああ、
旨かったw
デモ走行の映像を撮った方が、模様をYouTubeにアップしていましたので載せておきます。