« 2007年06月 | メイン | 2007年08月 »

2007年07月29日

嵐の第三京浜

今回のタイトルは、原由子さん作曲の曲名です。今夜は歌詞のようなとんでもない土砂降りと雷に驚きました。
(参照URL http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B20887)

いつもの辻堂の「捨て猫」系自動車店からの夜の帰り道、友人のクルマ2台が一緒でした。
R1の原宿交差点の渋滞を避けて裏道を走っていたら、栄区田谷付近でかなりの雨と雷が落ちて停電したようです。
付近の民家に電灯が付いているところがなかったし信号機も消えていたので、警官が交通整理していました。
戸塚駅前に出て横浜新道から第三京浜に入るころには雨は小雨模様になりました。

わたしは、106GTiで港北ICを過ぎてからは片側3車線の真ん中の車線を流していたのですが、
都筑ICのランプウェイ手前でパニックブレーキを踏むハメになりました。
ランプウェイから出てくるトヨタハイエースバンに気づかなかった左側車線のトヨタ・スープラとニアミスになり、
スープラは急に真ん中車線に出てきて・・・・・・・というのが理由です。
その時、後方を走っていた友人のアルファロメオ164がV6エンジンの美声を響かせて追い越していったのが印象的でした。

随分前ですが、中央道上りを以前乗っていたパルサーGTiで走行車線を飛ばしていたとき、
国立府中ICのランプウェイから出てきたクルマに驚いてパニックブレーキを踏んでニアミスしました。
こんなことがあってから、ランプウェイ付近では出来るだけすぐ隣の車線を走らぬようにしていました。

その時はドライ路面でしたが、今回はウェット路面です。
BOSCHの優秀なABSが付いているとはいえ、プジョー106GTiは急ブレーキ一発でスピンする可能性が高い車種です。
アクアプレーニングを起こすこともなくキチンと直進状態で減速できたのはただ運が良かっただけだと思います。
無事に家に帰ることが出来、ここにこうして書けることに神様に感謝せねばなりません。

2007年07月27日

\275は痛いが・・・・

疲れている時のこれって結構キクんですよねw

仕事のピークは今週の火曜日に越したわけですが、それまで夜の書類仕事のお供はいつもこんな感じでした。

2007年07月22日

航空科学博物館

夕べ気合いで溜まった仕事を午前様過ぎまで片付けて、朝から成田に来ています。
本日はYS-11展の最終日。とはいえ、この博物館に来たのは今回が初めてでした。

航空科学博物館 公式WEB

ここには他に結構ナニな展示品もあるんで、ちょっとだけ紹介します。

世の中には、こういったヲタな航空機モデルを作る業者(http://aviationmodels-online.com/)がおります。1:24程のスケール。
因みに、モデルとなったタイ国際航空B747-400のこのカラーリングは旧塗装・・・・・・・・。
このフロアの真ん中には、世界最大1:8スケールのB747-400の可動モデルがあったりする。

このフロントギアを持っていた旧日本航空ダグラスDC-8-32「FUJI」(JA8001)の機首部分は、
現在羽田空港の某ハンガーに保管されています。和風内装のファーストクラスです。

昨年引退し解体された元国土交通省航空局のYS-11A-200(JA8709)の機首部分で、今回の特別展の目玉。
時間によってはコクピットに入れたらしいけど、屋外には解体されていない試作1号機(JA8611)が展示されて居るんだな。
キャビン内も入れます。

型式認証用の機体でもあったので、このようにキャビン内にも計器類があります。

こんな時でもないと成田空港へ行くことが出来ないので、1タミのオモチャ屋さんを見がてら立ち寄ってみた。
羽田より品揃えが少なく収穫はなし。この後川崎経由で箱根仙石原に直行w

2007年07月21日

De Havilland DH106 COMET

久々にヒコーキオモチャネタを書いてみました。今回は世界最初のジェット旅客機「COMET」について。
長らく1:400モデルが全く存在しなかったのですが、聞くところでは、1953年にライン就航を始めてからそれこそ何機も墜落、
多くの犠牲を生んだことから英国航空機史の中で不名誉な存在と扱われていたのでモデル化が遅くなったと聞きます。
コメットをライン就航させることでアメリカのボーイングやダグラスを出し抜こうとした英国航空機業界はケチがつき始め、
その後の英国製機もろくなセールス成績を生むに至らず、Boing米国製機の先行を許すことになったわけです。

コメット連続墜落事故 from Wikipedia

とはいえ、エンジンの推力不足を少しでも解消すべくRRターボジェットエンジンを主翼に仕込んだことが必然だったとはいえ、
現代の航空機ではおよそ考えられない美しい機体デザインは当時の工業デザイン中では出色でもあります。

一部運良く残った機体が博物館で余生を送っていますが、
その中の1機Comet4B G-APDBダックスフォード戦争博物館にて実機を2001年11月に見に行っております。
わたしが行ったときは整備中でキャビン内に入れませんでした。

ダッククスフォードに来たときから引退時のDan-Air London(後にBAに吸収)カラーで展示されておりましたが、
今年、1958年の新製ロールアウト直後の美しいBOACカラーに塗り替えられました!!!!!!!!!

さてモデルの方ですが、現在までDan-Air、OLYMPIC、BEAの新旧等の各カラーがAeroClassicisから出てました。
その内わたしが持っているのは旧BEA(British European Airways-後にBOACと合併しBritish Airwaysとなる)のCOMET3 G-ANLOと、
Dan-AirのCOMET4B G-APYCの2機だけです。入手が結構難しかったのですが、人気のあるBOACカラーはまだ発売されていないのです。

世界中で争奪戦になることは間違いありません!!!!!wwww

これとて某店でたった1機しか入ってこなかったので、事前予約を受けられなかったと言います。
お店に電話してすぐに取りに行きますと云ったら出してもらえたのです。ジュラルミン地肌ポリッシュがとても美しいです。

因みに実機のCOMET3はComet1や2より機体長を伸ばして乗客数を増やしましたが、
墜落事故の関係で3型はモデルになったG-ANLOだけです。

もう1機のG-APYCは、ダックスフォード展示機とレジが違っているのがちょっと残念。

実は英国製機コメットとフランス製のSud Aviation SE210 CARAVELLEは「異母姉妹」でありまして、
カラベルの計画時に開発期間短縮の為に2社間で契約をしたことでAIr FranceはCOMET1を3機受領することになりましたが、
度重なる事故により短期間でラインから引退せざるを得なくなりました。

2機は機首等に近似性が見られるのですが、カラベルはデビュー時から高い性能を発揮して徐々にセールスを増やして、
後のAirbusの基礎を作りました。そして、70年代前期にはラインから引退したコメットですが、
カラベルはその後も多くのカスタマーとバリエーションを増やし、
最後まで飛んでいた機体はわずか3年前に東アフリカのコンゴで国際連合の輸送機として使用中に空港で墜落しました。

2007年07月20日

Ms.Yoshimi IWASAKI

投薬のおかげで身体の方はなんとかなりましたが、仕事が忙しいのは変わりありません。
だからこんな寝る前の夜中に書くことになるわけです(つーか寝ろってか?)。
現時点では、

ワシは単細胞かもしれないが、細胞分裂はできねンーだよ!!!!!!

ってぐらい忙しいわけです。

今朝、先週注文した岩崎良美さんのCD(音声注意)が届いたので、仕事しながら聴いてみました。
お姉さんの宏美さんの曲をよく聴くのですが、お姉さんのを聴くのなら妹さんもってワケです。
この歌姫の姉妹はデビュー前の子供の頃同じ先生にボーカルのレッスンを受けたのですが、
歌う曲も声も生き方も全然対照的。2人のお子さんがいる離婚歴のあるお姉さんと違い良美さんはずっと独身です。

宏美さんはデビュー時のアイドルの頃から殆ど変わらない、
というよりかデビューの頃から既に「出来上がっている」伸びやかな声質が魅力なのですが、
良美さんは自ら方向転換したのか、「タッチ」を歌っていた頃と違って柔らかいウィスパーヴォイス。
わたしは今の声の方が可愛らしくて好みですね。大人の女性のかわいらしさみたいな感じw
今回のCDに収録されているのもそういった声質にピッタリなのが入っています。フレンチ系が多いんです。
彼女の声質は、フレンチポップスの世界では所謂「ロリータヴォイス」の系統に入ると思いますが、
そんな声でジェーン・バーキンの「無造作紳士」やフランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」、
更にはカトリーヌ・ドヌーブの「シェルブールの雨傘」等のフレンチポップスの有名どころをカバーしたり、
オリジナルも同じような路線の曲を出しています。声がクレマンス・ローム入っているかな?(ってマイナーな人だけどw)

フレンチ系とは違いますけど、童謡も歌わせたらかなりイケるかもしれません。
因みにアルバムタイトルの「Qui est-ce?(キ・エス)」なるフランス語は、日本語で「どなた?」という意味だそうです。

2007年07月19日

French Blue Meeting 2007

どーやら今年も開催されるとのことです。今回で21回目となり、わたしは16回目から毎年参加してますが、
土曜日の前夜祭見て車山高原に泊まったことが今までなかったりします。
過去3回のFBMでのわたしはとある筋の関係者と土曜日朝に双葉SAに集まってからコンボイを組んで車山に行き、
昼間は車山のフリーマーケット見てから夕方佐久へ移動し佐久の旅館で宴壊、
日曜朝はフツーに旅館で朝ご飯食べてFBM会場に行って駐車スペースを探すというパターンになっています。
今年もこのパターンで行くと思いますが、個人的には佐久を出るのはもう少し朝早く出た方がいいような気も(^^;;。


画像をクリックすると、公式サイトに飛びます。

ここ最近思うのですが、毎年やれるのかどうかって様々な理由で結構気になるんですよね。

FBMは毎年毎年「人に会う」為に行くイベントです。
クルマを見たり屋台のモノ(高レベル)を食べたりしますが、部品買ったりグッズ買ったりする機会はめっきり減りました。
あ、帰りに諏訪湖で温泉(片倉館)なお風呂入ったり、20年来行きつけのお蕎麦屋さん(八洲)によるのもあるかw

2007年07月16日

連休の顛末

ここんところ仕事が忙しかった、つーよりか独りで空回りして週末を前にしてものすごーくイヤな気分になっていました。
原因は色々あるんですけどそれは割愛するとして、溜まりまくった仕事をフツーの時刻に無理矢理切り上げました。
その頃からお尻に違和感を感じていたんです。

ここしばらくは大体夜の10時から11時頃まで仕事をしていたんですが、夜間は事務所には自分以外は誰もいない状態でしたから、
PCにiPod繋げてiTunesで音楽聴くか、ノートPCを脇に置いてDVDを見ながらExcelと格闘したりして仕事してました。
そんな時はハッキリ言って人払いしたいのですが、そんな日の夕方に限ってウチの親(社長)と下請けさん達との仕事以外の話が続き、
正直五月蠅いと思っていました。仕事の連絡事項が済んだらとっとと帰宅して欲しいと。
しかしわたしが禄を食んでいる業界は高齢の方の多い業界です。オヤジとは話が合ってもわたしとは話が合うわけではないし、
幾ら下請けさんとは云え、自分の親より10年ほど年齢の低い人々に「仕事したいから帰ってくれ」とは到底云えません。

わたしの我が儘と言えばそうなのですが、結局それでその日はやる気をなくしてしまったので、
翌日の土曜日の電話もあまりかかってこない誰も尋ねてこない日にガシガシやって、
日月の連休は好きに過ごせばいいと思ってました。

土曜朝目覚めたら、左の尻の辺りが異様な痛みを感じました。と言うより痛くなって目覚めたわけです。
起きて歩くことはおろか寝返りすら出来ない有様。とりあえず用足しだけはなんとかと思ったのですが、
通常の状態では痛くて起きあがれず、やっと起きたと思えば今度は左股関節あたりに激痛を感じて歩けたものではない。
ベッドからわずか15mほどのトイレすら遠く感じましたが、とりあえず何とか済ませてベッドに戻りました。
仕事関係らしき電話が数本入ってきた様ですが、最初の1本取っただけでやめました。伸ばせば掴める受話器が取れないのです。
掴めるのは電池が切れる前の携帯電話だけで、それで実家に電話して事態を母親に伝えてから下のエントリーを書きましたw
食事も用意してもらえましたが、箸やスプーンでないと食べられぬものが用意されたのでそれらは食べられず、
寝転がってもなんとか食えるヨーグルトだけ流し込んでました。もらった市販薬もヨーグルトで流し込みました。

夕方近くになってやむなく救急車を自分で呼びました。
あとで家の前に救急車を付けるのはみっともないからとタクシーを呼ばなかったことを親にとがめられましたが、
痛くて起きあがれない自分自身はもう非常事態なので、救急車を呼ぶことしか思いつかなかったのです。
それでも一度電話して一旦は止めたぐらい救急車を呼ぶことに抵抗を感じました。救急車は15分ほどで来たはずです。
場合によっては入院を覚悟して、とりあえず側にあった読みかけのAUTOCAR JAPANと携帯電話だけは持って行き、
なんとか這々の体で階段を下りてストレッチャーの上に転がりました。
救急車の中でとりあえず仕事の関係先数件に電話で今後の相談をして、その後は友人数人に電話を入れました。

搬送先は某大学病院。15年前にオヤジが入院したところであるし評判の良い医療機関ということで救急隊員にそこを指定し許可も出ました。
そこでは椎間板ヘルニアと座骨神経痛と診断され、お尻にとてつもなく痛い痛み止め注射をカマされました。
ここしばらく重たいものを何度も積み卸しする仕事が続いたことが大きいようです。
入院するほどの事態ではなく暫くは通院の必要があるとのことで、とりあえず実家に電話してもらってウチの近くに住む仕事の関係者に迎えに来てもらい、
土曜の晩は実家で寝泊まりすることにしました。お騒がせしましたです(^^;;

投薬と湿布薬、それにコルセットを腰に巻いたおかげで背中に少々痛いことと左足甲にしびれを感じている程度まで良くなって、
今はこうして自室のPCに斯様なアフォタレなエントリーをナントカのひとつ覚えの如く書いておりますが、
昨日の朝からはとりあえずフツーに歩くには問題がなかったので、昼過ぎからクルマで両国の江戸東京博物館へ出掛けてました。

大鉄道博覧会~昭和への旅は列車に乗って~

ま、中には旧交通博物館が所蔵していた模型とかがありましたけど、
昭和30年代の「日本国有鉄道」の車両の様式美が好きなわたしはこの展示物が一番気に入りました。

昭和31年当時の東海道本線の特別急行「つばめ」の1等展望車(マイテ49)の実物大モックアップです。
現代で云えば、海外行き航空機のファーストクラス並みかそれ以上のステータスのある「場」であったようです。
下の2枚がその全編成の模型です。

2007年07月14日

ベッドの上で書いてます

昨夕からの症状なのですが、今朝は起きるのが困難な程腰痛が痛いです。仕事がたまっているのに何も出来ない有り様。
明日の全日本ダートラ丸和はどーやら台風直撃のようなので行かない方がいいみたい。
それ以前に開催できるかが問題だし、東北道だって通行止めかも。

2007年07月11日

全日本ダートラ第6戦 丸和 個人的短信

今週末に見に行くことになっているのですが、どーも台風が近づいているようで当日の天候は微妙です。
まぁこの時期は梅雨の末期と台風の初期が重なる季節でもありますから毎年微妙ではありますね。

昨年行ったときも天候は決してよくありませんでした。
ただ小雨程度しか降らなかったので、埃が舞い上がらずにかえって観戦しやすいことも事実。
太陽がピーカンだとコースの散水を行ってもすぐに乾いてしまい、その後競技が開始されると結構埃が立ちます。

台風と言えば、2002年に見に行ったときがそうでした。
前日までの台風による大雨が原因でコースの奥の方3割が冠水し、ショートカットして短縮したコースで開催されました。

雨の影響があれば、ウェットが得意なドライバーが速かったりして別の意味で荒れるので面白そうなのですが、
観戦者としては何かと大変です。状況によっては見に行くのは止めるかもしれません。

パドックも泥だらけになりそうだし大変そうだわ(汗)。

2007年07月10日

中島みゆきコンサートツアー2007

当選キタ━━━━━━\(゚∀゚)/━━━━━━!!!!!

この時期は10月半ばに開催されるであろうFBM等イベントやらなんやらで何かと忙しいです。

財布の中の数少ないお札に羽根が生えるな~(汗)。画像をクリックすると、コンサートツアー公式サイトに飛びます。

2007年07月09日

久々にスーツ購入

以前買ったのは蒲田のユザワヤで注文したセミオーダー品だったか。15年近く前のことだと思います。
しかし今では体型的に着ることが出来ないし(^^;;、何よりもデザインが古くさくなってしまいました。
他に使えるフォーマルな服装が礼服だけというのはちょっといただけないし、仕事関係の席にも出ることもあります。
そんな感じで今はスーツを着ることは年に数回程度ですが、そうなればヲサレな遊びにも着ていけるものということで、
今回も御殿場プレミアムアウトレットまでお師匠様に同行をお願いして見ていただきました(多謝)。

実は以前御殿場アウトレットに行ったときにどこでどういうモノを買うかをリサーチしておりまして、
あんまり着ないことから大手量販店系よりもちょっといいものをと言うわけで、
今回行ったのはアメリカのBrooks Brothersのお店でした。
わざわざ御殿場まで来たのは、東京の店で同じ品を買うよりは交通費使ってでも安いわけです。

Brooks Brothers行く前にNAUTICAでヲサレな腕時計を買ってしまったけど(^^;;。

冗談抜きで、28日に赤坂でホントにヲサレなところで遊ぶ予定なんだけど、
ネクタイはどれと組み合わせようかねぇ・・・・・・・・・。

2007年07月08日

御殿場にいたはずだが

どーしてここに来てしまったのダロウカ? A-BOY系の趣味はやってないのに(ホントカ?)

まぁ今回もヒコーキなお店に行ったけど何も買うモノがなかったんですが、
帰りがけにあるモノと遭遇してしまいますた。

その筋では有名な痛車です。ベースはホンダ・シビックSIR(EG6)で、ロールケージが組んである走り屋さん仕様です。
キャラの元ネタはこちらだそうです。正直主人公は中学生の女のコかと思いましたけど、もうちっと上の年齢の設定のコみたい。
んで、わたしはそのシビックの後ろにおもむろに止めて記念写真なぞ撮ってしまいますたwwww

でもここまで徹底してやるのは正直脱帽であります。

御殿場にて

いかにも初夏の雰囲気の御殿場市東田中の桜並木です。

2007年07月02日

関越道上り 三芳SA にて

夜9時に家を出て、中央道から最近繋がった圏央道から関越道と夜のお散歩ですw

今回初めて圏央道を走ってみたのですが、先頃開通した八王子JCT-あきる野IC間はトンネルばかりです。
あと、上下線とも50.0kポスト付近にオービスが設置されていました。鶴ヶ島方面はあきる野IC過ぎてから注意が必要。
どうもレーダー探知機が反応しないタイプのようで、ウチのクルマの探知機が鳴りませんでした。

圏央道には現時点でSAやPAがないので、鶴ヶ島JCTから関越道に入って三芳SAで休憩です。

それから、今回からボディに貼ってあったURLデカールは何かと気になるので剥がしました。