元鉄道ヲタクですが何か?
ここ最近はコミック「鉄子の旅」がTVアニメになったり、昔はまず考えられなかった鉄ヲタな女のコの出現など、
以前に比べて鉄道マニアが頓に脚光を浴びるようになってきました。
わたしが「鉄道ヲタク現役」だったのは今から30年近く前のブルートレインブームの頃からで、
なんだかんだと都合15年近く「撮り鉄」をやって10年以上前に自然に足を洗っていましたです。
とはいえ、時々鉄道関連のイベントに行ってみたりするので、そういったことをブログに書くこともあります。
来る10月14日の鉄道記念日にオープンする鉄道博物館も初日に行くつもりでいましたが、
当日は長野県車山高原にいる予定なので、鉄道博物館には翌週行くことになると思います。
ここ最近、現役時代に撮りためた鉄道写真をスキャナで取り込んでデジタル化しております。
モノクロからリバーサルカラーまでそれこそおびただしい枚数のフィルムを保管していてそれらを眺めるんですが、
それこそ色んなところへ行って色んな無茶なことをしたなと言う印象が1枚1枚のポジフィルムから思い出されます。
鉄道路線図も随分変わりました。
わたしが好きだった場所では奥羽本線の板谷峠(福島県~山形県)や信越本線の碓氷峠(群馬県~長野県)等ですが、
今では板谷峠は新幹線が通過し、碓氷峠は在来線が峠部分だけ廃止されて別ルートを長野(北陸)新幹線が通っています。
そーいや平成2年8月下旬に行った板谷峠の時は青春18きっぷの余りで行ったこともあって、
それ以外に財布の中にあったお金が\2,000程しか持っていなかったこともありましたか。
行き帰りの電車賃さえあればメシなど要らんってところはありましたです。今では考えられませんけどw
そーいや山陰本線の余部橋梁が掛け替えられるとのことですが、わたしがここに行ったのは1986年8月の高校生の頃です。
ここに行くまでにも山口線行きなどあらゆる予定をこなしたのですが、当時は山陰ワイド周遊券なんてモノがありまして、
有効期間内は山陰本線の福知山-長門市間の500km余りを特急列車や急行列車の自由席に乗ることが出来たので、
そいつを最大限に生かす無茶な旅程を組んだわけです。餘部の駅に朝一で乗り込むべくほど近い浜坂から一番列車に乗るのですが、
一旦特急で福知山まで出て時間をつぶし、夜は当時大阪から出雲市まで走っていた夜行急行「だいせん」の自由席に乗って鳥取まで行って、
鳥取からは大阪行きの「だいせん」で来た線路を戻る格好で浜坂まで行って一番列車を待ったわけです。
つまり宿代払うほどのお金はなかったので、周遊区間内を夜行列車の上下列車を有効利用して夜を明かしたワケです。
因みにその浜坂発の一番列車とは鮮魚列車だったので、車内がちょっと生臭かったことを記憶しています。


走る車両は変わっても今も当時も変わらぬ余部橋梁ですが、3年後には新橋梁になってしまいこの風景も見納めとなります。
明治45年建立という歴史的建造物なので、保存の動きがあるのだとか。


尚、この画像の撮影をした後は京都まで急行「丹波」で出て奈良線に乗り換えて奈良で一泊、
翌日は奈良の天理まで行って、桜井線のイベントSLの撮影をしていましたw