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天に飛び去ったFLYING SCOTSMAN

1995年WRCドライバーズチャンピオン、コリン・マクレーがヘリコプター事故で亡くなったとのことです。
彼は地元であるスコットランドの小さな街ラナーク(Lanark)の北1マイルのところで、
自身操縦のオーストラリアン・エアロスペース社AS350B2で彼の5歳の息子を含む4人が亡くなったとのことです。
スバルのWRC戦略の黎明期と絶頂期を体現し、フォードワークスに破格の待遇で迎えられたこともありました。


Colin Steele McRae, MBE (1968–2007)
1991-1992 British Rally Champion
1995 WORLD RALLY CHAMPION

わたしが撮影したコリンのビジュアルはこの画像だけです。
1999年のラリーGBのチェルトナムラリーショーでのフォード主催のサイン会でのコリン。
実はこーゆープロモーション活動があまり好きではなかったと聞きます。
下の画像はSS2 Cormbury Parkでの模様です。もう8年も前のことです。
当時の地元でのコリンの人気の大きさは絶大で、スペクテイターのクルマの多くに彼のラリー車と同じように
「McRae」「Grist」とウィンドウレタリングがされ、誰もがその名を叫び彼の走りに歓喜した。

わたしが所有しているコリンもののお宝のひとつ、AUTOSPORT誌1995年11月30日号。
普段はロゴが赤文字のAUTOSPORT誌は、英国でのモータースポーツ関連のお祝いの時はロゴがグリーンになります。
最近ではルイス・ハミルトンがマクラーレンF1でグランプリ初優勝の時にグリーンのロゴになりました。
しかしコリンがワールドチャンピオンになったときはご覧の通りの「Impreza Blue」。
これは彼がスコットランド人だからと考えております。

WRCチャンピオンはコドライバー含めて皆現在でもそれぞれの世界で活躍していますが、
英国籍の2名のチャンピオンドライバーだけはラリードライビングとは関係のない理由で天に召されています。
特にコリンは「McRASH」と云われるほどクラッシュが多く、何度か競技中の事故で病院送りになったけど、
ヘリコプターでは帰ることが出来なかったんだ・・・・・・・・_| ̄|○
いろんな人たちがコリンの功績をたたえる映像をYouTubeにアップロードしていますが、
わたしが気に入ったのはこの映像。

90年RACラリーでクラッシュを重ねながらもボロボロのフォード・シエラを6位に入賞させたときとか、
その翌年のロスマンズカラーも鮮やかなスバル・レガシィRSでトップに立ちながらクラッシュしたときなどでていますが、
今のWRCドライバーには見られない、ドリフトアングルの大きな乗り方だというのがわかります。
歴代3位のWRC通算25勝と1度のワールドチャンピオンと云う記録よりも、とにかくクラッシュの多い印象深いドライバーでした。
普通ならばチームから見放されるのに、STI初代社長だった今は亡き久世隆一郎氏に可愛がられ、チャンピオンを獲りました。

ラリー車がひっくり返ってボロボロになっても全開をくれてやるドライバーはコリンぐらいだったと思います。

不世出の空飛ぶスコットランド人と、事故機に乗り合わせた彼の息子と友人達に合掌・・・・・・・・・・・・・。

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