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2008年03月09日

偶然出会うという事実

付き合いが増えるに付け、ある日何の気もナシにばったり会うと云うことがあります。
それがイベント会場なり出入りしているクルマ屋さんならいざ知らず、
申し合わせたわけでもないのに会ってしまうことがここしばらく続いていました。

あとわたしの友人2名が買ったクルマが同じだったこと。
それも日本には正規輸入されていない為に両手で足りる数しか並行輸入されていないクルマで、
わたしは某イベントでその2人の仲立ちをさせて貰って引き合わせたりしました。
わたしの友人知人はかなりの数がクルマ趣味で知り合った方々なのですが、
昨年暮れの中島みゆき関連の某オフでご一緒させて頂いた女性は、
わたしがそれ以前からの知っている知人男性の友人でもあったわけです。
これを世間では「ドリカム関係」と云うそうですがねw

そういうのが去年から結構重なっております
去年見に行ったラリーのギャラリーステージにも10年以上前から知っている人にも会ったし、
今年は、あのだだっ広い幕張メッセで開催された東京オートサロンの時も知人カップルに会うし、
コストコ金沢シーサイドに行って買い物の会計を済ませたらいつも一緒に呑んでいる仏車仲間に会ったり、
運転免許の更新で二俣川に出掛けたときは平日なのにまた別の知人に会ったり・・・・・・・。
申し合わせたわけぢゃないのにコレハ一体ドーユーコトナンダト???????

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2007年08月20日

平和産業

6日間の夏休みが先週木曜日に終わり、金曜日から再び喧噪の日々が始まりました。

夏休みに呉まで出掛けて地元に戻る際にある疑問が沸いてきました。

平和産業ってどーゆー意味なのかと

いや、俗に云われる意味合いとしてはわかるんですよ。
日本が大東亜戦争でアメリカの国力にひれ伏し、我々は彼らの命令に従って産業の復興を計ったことと、
国民の厭戦気分で戦争に関わらない「非軍需製品」を生み出したいという願いを込めた言葉だと思います。
戦前戦中に於いて航空機エンジニアだった人物が、敗戦後自動車や鉄道車両の開発に入ったことはよく知られます。
日本に於いては新幹線やスバル360等、ドイツではメッサーシュミットKR200が有名ですね。
でも新幹線もスバルも兵器ではないけど、これらの開発生産する行為に「平和」と冠するのはどーかと思いました。
極論せずとも自動車も鉄道も軍需輸送に組み込まれることは思いっきりあるんですが、
平和だろうか何だろうが結局は現代の21世紀に生きる我々が新幹線や品質の良い自動車で移動したりできるのは、
「戦争」というやむを得ない期間を経てきたからこそ今に生み出されて存在していることは明白でしょう。。
これは戦争に勝った負けたは関係がありません。

鹿児島県坊ノ岬沖に2740名の将兵と沈んでしまった戦艦「大和」。
あのトヨタ自動車の自動車生産管理の「カンバン方式」の元祖は、戦艦大和の製造管理や部品管理だと云われています。

基本的に何かにつけて否定しないとやっていけない「サヨク」の人々は戦前戦中の日本のあり方を否定していますが、
平和産業という言葉も案外そういう人たちが呼称づけたかも知れません。
しかしどこにでもあるただの産業に平和という言葉を付け足しても意味はないし、
それは古来より現代まで繋がっている日本人が関わっていた「物づくり」に他なりません。

2007年05月17日

痛車ろーど

所謂、痛車のムック本です。表紙についてはAmazonを参照してみてください。
結構高価な本らしいので立ち読み程度で充分なのですが、確認だけはしてきたいと思いましたがなかなか見つからない。
こないだ秋葉原に行ったときも「とらのあな」 に寄ってみたんですが、やはり置いていなかった模様。

しかしここ最近新たな考えがアタマをもたげてきました。

どの陳列棚に置いてあるのか???!!!

モノ自体自動車雑誌系なのかアニメ系なのかPC系なのかワケのわからんモノですが、
聞いた話ではお店によってまちまちのようです。
ただこの3種類はだいたいがそれぞれ近い場所にあるから、置いてあればなんとなくわかるかも知れません。
置いてあればの話ですけどw

因みにわたしは某ラリーなレプリカー屋さんに 「痛車ビジネスはどうよ?」って話したことがあります(悪魔)。
レプリカー系のクルマに乗る人にはその方面の趣味を持つ人が多いそうだし。

2007年03月29日

mixi読み逃げ

読者の皆様にはご存じの事かと思われますが、わたしはSNSの最大手Mixiに加入し、
日記はこのブログのエントリーとなっております。
そのMixiに於いて、最近「読み逃げ」なる言葉が出回りはじめております。
これはMixi日記を読んだのにコメントを書かないことだそうですが、話のきっかけは下記のサイトからでした。

「mixi読み逃げ」ってダメなの?

このような言葉が出てきた背景には、日記を閲覧すると閲覧した人物名が「足あと」に残ることから来ていると思われますが、
行為そのものは掲示板やブログでは幾らでもある事です。

自分に照らしてみれば、このブログや過去開設していた掲示板ではコメントが付かないのが当たり前なわけです。
無論わたしが以前開設していた掲示板に誰もコメントを付けてくれないので悩んだ事はありましたよ。
んで、掲示板には書かないでメールでコメントを送付される方が何人かいらっしゃいました。
そう言った方にメールで問い合わせてみたところ、「マニアックすぎる」 って回答を頂戴しているのですw
そうであれば、それはその方の考え方だからいいんじゃないのってわたしは考えています。
どっかのモータージャーナリスト崩れ「嫌なら見ないか、手伝うか」 という発言のように、
「書くのが嫌なら読むな」ではあまりにおかしいし、 こんな馬鹿げたことが論じられるのも変だと思います。

そんなMixi読み逃げ行為が先鋭化したという前提でこんな映像が出ております。↓

2007年02月06日

これから入札ですぎょん

役所側の組織改変で最近はあんまり来てなかったです<川崎市役所

でさぁ、アメフトのチーム名でこれはネタ杉な気がするんですがね<法政大学アメフト部


2007年01月26日

趣味のお値段

時々オカンにクルマに随分お金を掛けているだろう云々を云われます。

こういうわけです。オカンは18歳の頃に自動車の運転免許証を取ったのですが、
それは当時母方の祖母から何かの資格をとりなさいと云われたからで、自動車が好きではありません。
68歳になった今でも買い物や歯科医院に行く際に自分で運転して出かけますけど、
テレビのニュース番組で大気汚染の話が報道されると、
いつも温暖化だとかどうこう電気自動車がいいなどちょっと五月蠅いです(;^_^A アセアセ…
そんなオカンからすればわたしの趣味としての自動車はいいとは思わないでしょうけど幸い認めてくれはします。
ただクルマをやむを得ず修理に出すときなんぞは毎回云われるんですよね、
クルマを買った値段と同じ金額を修理に掛けているだろう、 とw
わたしのクルマは実にエンスージアスティックな乗り物ではあるんですが、手のかからないクルマなので、
今まで払ったお金は車検や税金等の法定費用や任意保険の金額を含めても、
買った当時の車両本体価格(2002年9月に5年落ち 42000kmの個体を\1430Kで購入)の半分越える程度の
お金しか掛けていないはずです。しかも、今のクルマは「いじらない」ことを前提に買ったので、
以前に比べてクルマにかけるお金は大分減りました。その分別の遊びが出来ますし。

さらにオカンは云います。アンタは昔はデンシャが好きだったのに、と。
その昔、わたしは鉄道マニア、所謂「鉄っちゃん」でした。しかし10年以上前に自然と足を洗った感じになりました。
たぶんそれは20年前に国鉄が分割民営化して自分の好きな列車や車両が殆ど引退したこともあります。
今では長野新幹線がトンネルで貫通している信越本線の碓氷峠は廃止され、
奥羽本線の福島-米沢、かの板谷峠のスイッチバックはそれを過去の遺物だと云わんばかりに新幹線が通っています。
そして何よりも自動車の趣味の方が楽しくなったから、と考えております。

しかし鉄っちゃんはもの凄くお金と時間をかける必要のある趣味でもあります。
鉄っちゃんは車両に乗る「乗り鉄」車両を撮影する「撮り鉄」部品や記念切符を集める「蒐集鉄」
模型を集める「模型鉄」 など様々に分類されますが、わたしは主に「撮り鉄」をしていました。
模型にしてもNゲージの車両が実家に60両ほどと線路が数十メートル分が保管されていますが、
それを兄方の甥のためにとプラレールとは月とすっぽんの品物なのにオヤジが引っ張り出してしまい、
4歳の甥にとってはただ動く物にしか思えない車両の一部を破壊されました。
わたしが子供の頃に欲しくてオヤジにねだって買って貰ったものなのに_| ̄|○

撮り鉄の方は中学生になった頃から日曜日になれば金の続く限り都内を走る目的の列車を撮りに行き、
何度かは学校をサボってまで行く始末。夏休みや春休みなどは必ず3日~1週間は撮影旅行をしていました。
そんなこともあって、北は札幌から西は下関までそれこそ色んなところに行きました。
高校生の頃までは、学校では禁止されていたアルバイトや家業を手伝ったりして旅費を作っては、
青春18きっぷや周遊券(周遊指定区間内では特急列車の自由席に乗れる)を買い、
一眼レフカメラ2台とレンズ数本、フィルムが10本ほど入ったアルミケース(通称銀バコ)、
場所取りに有効な大型の三脚、着替えや資料の入ったディパックを持って夜行列車に乗り込み、
目的地の最寄り駅に着いてから荷物を担いで田舎の国道や山道を数時間掛けて歩いて行ったものです。
何度かは同じ趣味の年長の方のクルマに乗せてもらったこともありますが、それは滅多にありません。

撮影旅行はスケジュール上の問題からタクシーを利用することもありましたが、ある時こんなことがありました。
青函トンネルの供用が開始された数年後に北海道側の木古内口までタクシーで駅から行ってもらった時、
時間を指定して迎えに来るように運転手に云ったのに指定時刻を一時間過ぎても来ないので、
やむなく木古内駅まで炎天下を荷物を担いで3時間以上掛けて歩いて戻るハメになり、
駅前のタクシー会社に怒鳴り込んだこともありました。その後予定していた函館観光はキャンセルして
札幌に向かったなんてことがありました。

クルマの運転免許証を取得し、家に自分が使えるクルマがあればそいつに乗って撮影ポイントまで
出かけることが出来るようになり移動時間がグッと減りましたけど、今度はクルマで列車を追いかけて、
同じ列車を違う場所で何回も撮影するというスパイラルにはまることになります。
更には、社会人になってそれなりに稼ぎを得るようになると今度は足の速いクルマが欲しくなったり
性能の良い且つ高価なカメラ機材が欲しくなる。しかし時間は制約されるので、1週間程度の休暇のさいは
遠隔地にはホントは目的地まで鉄道利用で行きたいのにやむなく航空機とレンタカーを利用・・・・・・・・・・。

つまり、「鉄分の多い」趣味に首を突っこめば突っこむほど金と何よりも時間が必要となるわけで、
わたしが足を洗ったのはそういうことに疲れたことから来ているのかも知れません。
これは鉄っちゃん趣味のどの分類にも共通し、金や時間だけではなく「情熱」も必要です。
しかも鉄分の多い趣味はある意味クルマの趣味より個人的内省的な物ですから、
家族連れでって行為が出来ない趣味でもあるんです。それと鉄っちゃんな撮影地には殆ど女性はいません。
中には旅行好きが高じて「乗り鉄」になった女性はいるかもしれませんけど、
わたし自身はそういった女性に会ったことも見たこともありません。
クルマの趣味だとイベント会場に家族連れやカップルで来る人は多いし、
わたしの周りにもクルマ好きな女性が何人か居ます。

これを書いたからと云って「鉄っちゃん」を否定するわけではなく、
そうやって時間とお金を注ぎ込めるのはうらやましく思えるのです。
クルマの趣味だってお金だけで云えばそれこそ天文学的な金額を一台のクルマに注ぎ込む人だっています。
モータースポーツをするのに稼ぎを投じればやはり同じではあります。
要はそれぞれは程度問題と個人個人の考え方なのですが、
わたしが今まで普通にしてきた趣味に於いてはデンシャよりもクルマの方が時間もお金もかからないのです。
でも結局はお金でも時間でもないのですよ。バランスだと思います。

2006年08月15日

大東亜終戦から61年・・・・・

今年の8月15日は所用により靖國は行きませんでした。

小泉首相が漸く8月15日に靖國神社に公式に参拝したわけですが、
1月後にはここ最近の首相としては久々に任期満了で退任します。
しかし、いくらなんでも「公約を果たす」という理由で退任間近な時に参拝するのはどうなんでしょう?
考えてみれば、そもそも首相の靖國参拝は彼自身が課した公約による「行為」ではなく、
広島や長崎での被爆者慰霊祭に出席するのと同じ毎年の「公式行事」でなければならぬはず。
確かに参拝しないよりかは遥かにマシではあるんですけど、
公約ありきが前提ではその辺で褒めたり貶したりするのはどうも変に感じます。

無論、日本の公式行事に対して特定アジア三国(支那と南北朝鮮)に文句を言う筋合いは全くない。

人の家の庭先を掘ったり土地を勝手にぶんどったりする政府に云う筋合いはない。
戦争に負けたのは、「中華民国」であって、1949年成立の 「中華人民共和国」ではない。
朝鮮半島は1910年に日本の「植民地」になったのではなく「併合」したのであって、
現代で云えばフランスのレユニオン(インド洋)やマルティニーク(カリブ諸島)の等の「海外県」のような扱いだったと思う。

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2006年07月21日

神奈川県民として

この、神奈川県大和市の条例案の行方がとても気になります。
わたしは大和市民ではありませんが、この条例案には反対です。
また、全国で波及しつつある同様の条例案にも同じように反対します。
内容については下記リンクをクリックし、このコンテンツの中にある、大和市住民投票条例逐条解説をご覧下さい。
平たく申しますと、大和市在住の定住外国人に投票権を与えることについてです。

(仮称)大和市住民投票条例施行規則案

千葉県我孫子市や大阪府岸和田市では可決施行されてしまいましたが、
この手の条例案はゴミ処理などの住民の目にとまりやすい条例案と抱き合わせに出され、
こうすることによって、本来、住民の関心を集める必要のある条例案なのに、
住民の注目をわざとそらしていつの間に可決されてしまうこともあるようです。
特に65歳以上の年長の方が増えていく一方、年長の方はインターネットを閲覧される人も少ないわけです。
しかし、今後の生活に直結するのですから、是非読んでもらいたいものです。

2006年06月09日

シNドラーのリフト

10年程前まで、学校を出て4年と5ヶ月の間都内に本社のある大手の某建築設備会社に勤務していましたが、
入社して研修が済んでから配属された現場が都内にある文部省(当時)管轄の某公共宿泊施設の第1期工事でした。
この現場にはゼネコンさん3社のJV(Joint Venture-共同企業体)と設備5社、つまり電気設備の強電と弱電、
機械設備の空調と衛生(会社は衛生の仕事)、そして昇降設備の各業者さんが入っていました。

件の会社の名前を知ったのはこのときでした。1期だけでも2年にわたる大きな現場でしたが、
わたしは健康上の理由で工期の半年を残して本社分室の設計課へ異動となり、
昇降機の業者さんは鉄筋コンクリート躯体が上棟してから随分後から入ってきたので
お会いしたことがありませんが、あの大きな森のそばにある現場のことが気になりました。

今回の事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

2006年06月05日

1989年6月4日 北京 天安門広場で

元々社会主義国は考え方として皆が皆平等に生きられるように
社会が機能させたいという「理想」を掲げたものであったはずでした。
しかし現実には旧ソヴィエトでは指導者層の権力争いでクーデターが起きた結果として、
国家元首たる書記長が度々交代し、支那(=中共)においては60~70年代には文化大革命の嵐が吹き荒れ、
大学教授などの出身階級のよい子弟は赤い表紙の「毛沢東語録」 を手に
炭坑などの命の危険が伴う職場に追いやられたり、あるいは処刑されたりする事例が多く見受けられます。

コミュニズムの指導者が「理想」という言葉の元にその影響力を発揮しているとき、
彼の「理想」の建設に反するものたちが居れば例え殺してでも引きずりおろしてきました。
そして社会主義国は過去そうやって国を維持してきたワケです。
現在の支那(中共)においても、内モンゴルやチベット等の自治区では今でも弾圧されています。

そういう人物を民主主義世界に住まう我々は彼らを「独裁者」と呼ぶわけですが、
17年前の6月4日に支那(中共)の首都北京で、指導者達が「父」と崇める男の肖像の前で、
指導者達に反して自由にものが云えて、その結果として政府や社会の腐敗が治癒される可能性がある
民主的な明るい未来を欲した学生や民衆が大勢虐殺されました。
そして中共政府ではこれを「黒歴史」 と認識してそういった事実が無かったかのようにしており、
以後支那(中共)の教育現場で出てくることはなかったし、ネット上でも検索できないようになってしまいました。
しかし、人民解放軍の戦車の前に立ちはだかり踏みつぶされた学生がいた、
このことは世界中の人々が知っていることです。

指導者の言葉ではこれを「粛正」というそうですが、
我々民主主義世界で暮らす者達はこれをこう覚えるべきだと思います。

六四天安門大虐殺

急速な経済発展と再来年のオリンピックの裏側にどす黒く存在するものです

2006年04月10日

ちょっと違ってるのはサヨっているからか?

昨日都内をクルマで走っていたときのこと。信号待ちをしていたら日本共産党の参議院議員のポスターが目にとまりました。 女性の議員なのですが、そのポスターにはこう書かれていました。

「子育て真っ盛り!」

実際に子育てに奮闘している女性なのでしょう。 昨今結婚して(あるいはシングルマザーとして)子供をもうけてもフルタイムの仕事をされている女性は多いわけですから、 育児休暇などの子育てを支援するための法案やら政策やらを実施整備したくてってことはわかります。 子供を生み育てて一人前にするのはとても大変なこと。しかも仕事をしながらですからなおさらですね。 ベビーシッターや保育費だってバカにならないと聞きます。だからこそ違うんじゃないかって突っ込みたいのです。 まぁわたしが日本共産党や社会民主党が大嫌いってこともありますけどね。この手の 「子育てネタ」で政治家になろうという女性はなぜかこれらの反日政党公認だったりしますね。

子育てで忙しいはずの女性が家庭と両立して出来るほど政治家の仕事は楽なのですかね? 子育てにケリをつけてからの方がいいような気がするんですけど?

男女問わず子供を持つ人間がフルタイムで働いているとすれば、 ぶっちゃけ自分たちの身の回りの事だけを考えていればいいとは思いますが(公務員の場合はちょっと違うか?)、 政治家の本来の仕事はその国や地方に住む人のためになることを行うことであって、 国会議員であれば全ての国民が幸福に暮らせるように整備しつつ国土と国民を護り、 国民の財産と国益を増やして保持するのが仕事であるはずです。 日本の国会議員であれば全ての日本国民の為になるような仕事をしなくてはなりません。 無論働きながら子育てをする人々を支援する為の法律を整備することもその一つです。 政治家はそういったある意味子育てよりもとても大変なことをしなくてはならないのに、子育て関連の法律の整備は、 現在実際に子育てで奮闘している女性でなくてはと云わんばかりのキャッチコピーには疑問を持つことを禁じ得ません。

ついでながら、当該国の政治と当該国の地方政治は当該国の国籍を持つ者によって行われなくてはなりません。 尤も永住外国人が永住国の税金を払っているから永住国の政治に参加させろとか、 突如永住先の国籍を取得してその国の政治に参加したり政治家になるべく立候補するのも疑問に思いますけどね(^_^;)。

2005年12月17日

Domestic Violence

職業柄お役所の類にはよく行きます。昨日出かけたのは横浜市某区の区役所。 10年前に分割して出来たこの新しい区にはわたしの実家がありまして、 仕事関係で会社の代表者(オヤジ)の身分証明書が必要だそうで作りに出かけたのです。

区役所や市役所の庁舎内には色んなポスターが貼ってあるんですが、今回目に止まったのは家庭内暴力撲滅を呼びかけるポスターでした。 ただこのポスターに書いてある内容は、妻や恋人に手を挙げている男性へ向けたポスターでしかアリマセン。 ちょっとおかしいと思ったわたしは考えてみたんですな。

これってある意味性差別ではありませんか?

確かに男性が自分の伴侶や恋人に暴力を奮うのは許されざる行為で、そういった事例は残念ながら数多く存在しますす。 しかしそれは男性が女性に対してってだけで、もしかしたら女性が男性に対してってこともあるかもしれません。 女性が伴侶や恋人の男性に暴力を奮うってことはあまり考えられませんが、物理的な暴力だけでなく、言葉の暴力ってヤツもありますからね。その女性からの 「暴力」が理由で男性が「物理的暴力」に出てしまうのはどうなるのでしょうか?

子供の頃クラスメイトの女の子と口論になった結果、彼女をグーで殴ってしまった過去があるんですが、彼女は泣かかったのに、 わたしは女の子を殴ってしまった罪悪感から泣いてしまったのです。色んな意味で「臆病」になったのはこれが理由ですかねorz

こんなことを書くぐらいですからわたしはジェンダーがどうだこうだ言う人は嫌いなのですが、そんなことからも、 このポスターは是非剥がして書き換えて欲しいですね。

2005年09月30日

ラリージャパンと環境保護団体

昨日から日曜日まで2度目のラリージャパンが開催されています。 ラリーそのものはどこでも同じなのですが林道をスペシャルステージにして開催され、 それ故に開催に抗議する声があるのは珍しいことではありません。その抗議活動は主に環境保護団体によるものなのですが、 15年ほど前のとあるWRCでは狂信的な環境保護団体━つまりグリーンピース━の面々がレッキ中にコースに立ちはだかって中止を訴えた例もあり、 これはこのラリーの開催国の国家元首がテレビ放送でラリーが国家的行事であることを唱えて開催されたこともありました。

翻って我が日本でのラリーへの抗議活動はFIA格式ラリーが開催されるその時から始まっています。 つまり2001年9月に日本で2番目に開催された「インターナショナルラリーイン北海道」のころからです。 昆虫の研究をしている地元大学教授(当時)を中心としたグループが、 例えば北海道庁から主催者への補助金が違法であるなどの住民監査請求を北海道庁に対して行っています。 その大学教授の名前がおわかりでしたら、北海道庁のWEBサイトで教授名で検索してみると交付決定についての「請求人の内容は、理由がないもの」として「違法又は不当であると認めることはできない」 とまとめられた監査請求棄却のPDFファイルを閲覧することが出来ます。 尤もこの団体は最初ラリー競技が一部の人たちのためにある特殊なものであることからラリー開催で帯広に人が集まることはないと目論んでいましたから、 昨年のあの大フィーバーは面食らったことでしょう。今年はそれ以上の人が帯広にやってくるでしょう。 このことから北海道や帯広市としてもWRCを新しい地場産業の1つとして事業に参画しているのは当然でしょう。

とはいえ、WRCで十勝平野に大勢人がやってきて大きな経済効果がもたらされても、 ラリーに反対し環境保護を訴える人には関係がありません。これも世界共通のことです。 現在WRCラリージャパンやAPRCラリー北海道の開催に反対している十勝自然保護協会なる団体があるのですが、 ここのWEBサイトの最近の主なコンテンツは自然保護を理由としたラリー開催に反対した物が多くを占めています。 協会はラリージャパン主催者(プランニングフォーと毎日新聞社)のみならず、国内メーカー3社、環境庁、 FIAにも開催の中止を求める抗議書や要請書などを送付していて、協会曰く、 その書面を宛てた企業団体がその内容にどこも答えていないから不誠実云々とありますが、 ラリー開催を目的としている主催者からすればねぇ・・・・・ってことだとは思います。 あとWRCに参戦する国内メーカーに協会があてた抗議文には、 「自動車メーカーには自動車をめぐる環境問題の解決には重大な社会的責任があります。」 と書かれていますが、自動車は社会的に道具としての利用が多くを示すことから、 製造者はモータースポーツのような彼らにとっておよそスポーツと呼べぬような反環境保護の行為に投資せずに、 環境に配慮した自動車の開発をするべきであるという意味になるのは自明なのですが、 同時に数ある産業機械の中で人々から最も興味を引かれる対象であることも事実です。極論になりますが、 冷蔵庫の収容能力やデザインの美しさを自慢し合う人はもしかしたら世界に10人くらいいるのかも知れませんが、 自動車とそれを操る人の能力を比較することを趣味や仕事としたり、 デザインの美しさを堪能する人は先進国を中心に世界中に多く存在します。 そしてわたしもその自動車に子供の頃から恋い焦がれ熱狂してきた人間の1人なのです。 かといっても、 自動車やそれを使ったモータースポーツに熱狂していてもわたしは環境破壊論者ではありません。 それは同じ物に熱狂する人間なら誰もが同じ考えを持つでしょう。

今回のラリージャパンを含めて過去6回の十勝での国際格式ラリーに於いて、 ステージ周辺の自然環境にどれだけストレスがあったのかはわかりません。 しかしながらことラリー中止を訴えている点に絞って敢えて私見として云うことは、協会のWEBサイトにはモータースポーツに反対していることを表明する文章が見られないことです。 帯広市街の南30㎞程の所に毎年24時間レースが開催されることで有名な十勝インターナショナルスピードウェイがあります。 サーキット開設から15年近くになるのですが、 そのせいなのか大規模な土木工事を行ってサーキット用の舗装道路を開設した恒久構築物であるレーシングサーキットが建設されるに当たって反対運動があったことを聞いたことがありません。 また関連のWEBサイトを色々探してみたのですが、どこかの団体や人物がサーキット開設にあたって反対運動を起こしたというWEBサイトも見つかりませんでした。 仮に本当にサーキットの開設で誰も反対運動を起こしていないと仮定するとしたら、 同じ地域で過去6度開催されてきた国際ラリーに反対してきた団体があることはどういうことなのでしょうか?。 ラリーコースになっている林道の周辺は動植物の宝庫となっているようですが、 その場に生息する動植物や鳥類昆虫類を愛好する人々はともかく、 それらの生態を研究している人々にとってラリーコース周辺は研究室でもあり職場でもあるのです。 協会のメンバーの中には実際に十勝周辺の動植物や鳥類昆虫類を研究し生活の糧を得ている人がいるようですから、 そんな人たちにとってラリー車やスペクテイターは彼らの職場を「無断で」あがっている存在となるわけです。そうであるならば、 今まで協会がラリー開催に反対してきたのは至極当然だと思います。 世界中で環境保護団体というのはその理由を使って政治的な理由で活動することはよく知られておりもうちっと突っ込みたいところはありますけど、 とりあえずこの辺で(爆)。

2005年08月15日

九段の空の下で

わたしたちが小学生の頃(25年前)、 始業式や終業式では日の丸掲揚や君が代斉唱はごくごく普通に執り行われていました。 無論先生達にも父兄達にもそれが当然という空気があったようです。 子供である我々は行事的に面倒くさいと言う面はあったとは思いますが、 それがプログラムに含まれていたことだからと粛々と受け入れていました。そんな日は学校の門柱に国旗が掲げられていました。 これもごく普通のことでした。

国旗に敬意を払い、公式のお祝いに日には君が代を歌う、 そんな当たり前のことだった事をする学校は最近見かけなくなっています。 わたしの通っていた小中学校も少なくても公式行事の日に門柱に国旗を立てることはしていないようです。そう言えば、 国民の祝日には何処の家でも門柱に旗竿に挿した国旗を掲揚していましたが、マンションなどの集合住宅が増えてきたこともありますが、 これも最近では殆ど見かけることはありません。現在においてその日が祝日だと旗日だと目視で認識できるのは、 自宅前を走る電鉄系企業のバスのコーナーポストに付けられた日の丸程度でしょうか。

我々のような第二次ベビーブーマーの世代にはわたしのオヤジ(昭和11年生まれ)のように戦中時に教育を受け始めた親と、 わたしの母親(昭和14年生まれ)のように戦中戦後に生まれて戦後になってから初めて教育を受けた親がいます。 その2種類の親の間では国旗や国歌、あるいは国家についての考え方がやはりちがっているようです。わたしの母親が言うには、 近隣諸外国(支那-中共、韓国、 北朝鮮)があれこれいうのは日本が経済発展して派手にやっているから、諸外国があれこれ云う。 だから日本人らしく贅沢せずに慎ましくすれば・・・・と云っております。まぁそのとおりだと思います。彼らの中華思想的な考えでは、 日本が経済発展は時計の針が左回転してしまうくらいに「彼らの世界」 が変わってしまうことであったろうし気に入らぬ事と思います。しかし日本の経済発展は基本的に我々の祖父母の世代、 両親の世代の努力の成果であるわけで、その世代にいるわたしの母親がこれを云ってしまうとは・・・・・。 オヤジは反対に自分がその中にいて頑張った人間の1人であることは自覚しているようです。

我々の世代が知らぬ「8月15日」から60年を経た本日、 暑い中九段の坂を上りながらそんなことを考え、正午には靖國神社の拝殿で黙祷していました。日本をお守り下さいと・・・・・・。


 正午の黙祷直後の靖國神社拝殿から本殿を望む。本来ならば参拝と行きたかったが、
この日は流石に人大杉(爆)。抜け出して遊就館の日露戦争関連展示物を見に行っても
列の空くところがない(^^;;。あまりの暑さに本殿の参拝はとても出来たものではなかったです。
更に残念だったのは、内閣総理大臣が日本武道館にいてこちらまで来て参拝しなかったことです。

2005年08月02日

そんな時代もあったねと

えーっと、本日で開設(怪設?)してから6年経ったことになるんですよね。 Geoから始まって今ではそっちの方面ではちっとは有名なサイトになっていることは確かなようです。アクセスログを見ると、 海外からは大体毎日5~10のアクセスがあるのがわかります。最近ちょっとさぼり気味なところがありますが、現在、 所蔵している画像をかき集めてスキャナで取り込む作業をしています。ラリーで撮ってきた画像がなくなったら、 今度は昔撮った東京モーターショーの画像でもアップしよかと考えていますので期待しないで待っててください(コラ)。 では今後ともご贔屓にってことで本題に入ります。

比較的育ちがお坊ちゃんで3人兄弟の末っ子だったこともあるのかもしれませんが、 わたし自身のビジュアルは35歳にしてはあまり老けて見られることがありません。寧ろ女性、特に年上の女性には「カワイイ」と何度か云われたことがあり、 男にはなぜか「新#2丁目辺りでモテそうだ」 と云われてしまいます(爆)。多分男前の部類には入るとは思いますが、 この年齢の男にはまず出てくるであろう目尻の小皺もなく、白髪アタマでも# ゲかかっているわけでもないので年齢より若く見られることが実際多いのです。その分というわけではありませんけど、 中学生の頃は偶に渋谷とか新宿に遊びに行ったりするとアンケートとかで「大学生ですか?」 なんて声をかけられたこともありました。これを読んでくださる皆様の中には「ハイハイ、 アンタは昔から女のコにモテていたってことね」と思われている方がいるかもしれません。しかし、 実際のわたしは女性の受けはかなりいいらしいのですが、 それである一定以上のお得なことがあったことは残念ながら今の今まで一度たりともありません。 そうなった理由と思われる出来事を古い順にダイジェストで書いてみます。

幼稚園の頃から小学校低学年にかけて、わたしの友達の大部分は女のコでいつもそのコたちとばかり遊んでいました。 その後は同級生の男子と遊ぶようにはなりましたが、小学3年生のある時、クラスメイトのある女のコと下駄箱のところで何かしらで口論となり、 カッとなったわたしは彼女をグーで殴ってしまいました。この彼女、 空手を習っていたそうですがすっごい気の強いコで、普通なら泣き出すのに涙1つ出さずに頬を抑えて「何するのよ!」 と云われて反対にわたしが泣き出してしまったなんてことがありました。 その日は女のコを殴ってしまったこととその殴ったコに云われたこともあってもの凄い自己嫌悪に陥ったはずです。 それ以来ですかね、女のコは丁重に扱わねばならないと思ったのは。

更に時代が進んで高校生の頃の話になります。通った高校は横浜市にある大学の附属高校。 ある意味ここは似非お坊ちゃん学校でしたね(笑)。当時は私鉄の最寄り駅から学校で決めたルート上を徒歩15分かけて歩いていたのですが、 中高一貫の男子校なもんで同じ制服の集団がゾロゾロと街道沿いの歩道を歩いていたものです。 この学校はわたしが卒業した数年後から女子を受け入れるようになり、今ではすっかり共学校になり、 駅から街道沿いを歩いていたのもバス会社委託のスクールバスに乗って通っているようです。ただ変わらないのがここの冬の制服。 言うなれば旧帝国海軍士官用第一種軍装の様なデザインの制服なので見た目がとても格好良いのですね。 それがよかったのか、その頃は近隣の女子校の女のコから声をかけられることが何度かありました。 私鉄の沿線には女子校が結構沢山あって、 学園祭の時は毎年別の女子校のチアリーダー部がやってきてチアリーディングショーをやっていたほどです。 神奈川県東部に長く住んでいる方ならこれでわたしが出た高校がどこなのかわかるかもしれません(爆)。

高校生活3年間は写真部に在籍していたのですが、2年生の頃の部活のないある放課後、 家が近所にある友達(やはり写真部在籍)と私鉄電車に乗って帰る途中、ある女子校の女のコ2人に「今、何時ですか?」と聞かれました。 左腕に絡む腕時計の時刻を彼女らに伝えたのですが、以来家に帰る時、そのコたちがそれを何度か繰り返し聞いてきました。 その度に聞かれたとおりにわたしは答えたのですが、聞かれるのは友達ではなくいつもわたしの方でした。ある日の帰り、 国鉄(当時)との乗換駅で用を足すのに鞄を友達に預けてトイレに入ったのですが、用が済んでからその友達曰く、 「こないだの女のコが手紙をオマエの鞄に入れておいて欲しいって云ってたから入れておいたよ」 とのこと。そのときのわたしは何故かフーンってなもんで家に帰りました。

翌日の放課後、写真部の部室でその手紙のことを聞かれたのですが、 ことを聞いてしまった部員達があれこれわたしに聞いてきて狭い部室内で騒然となる中でわたしが云った言葉にある同級生の部員が胸倉を掴まんばかりに怒りを表してきました。

「ああ、アレ? アレなら読まずに捨てたわ。」

わたしがサラリと言った一言がそれです。何せ当時写真部と云うところは言い方は悪いのですが、 他の生徒からは女のコにモテそうにないヤツ、女のコと話が出来ないヤツ、アイドルヲタクなヤツの吹き溜まりみたいに思われた部分があり、 怒ったヤツはいかにもそれなヤツだったことを覚えています。 恐らく手紙には乙女の気持ち♥ってヤツが記されていたことは想像に難くないのですが、以来彼女たちと話すこともなくなりました。 当時のわたしは今より遙かに性格がエキセントリックでした。 中学の頃好きだったコに丁重に振られてしまったことが原因で、中島みゆきさんの「女なんてものに」 状態に入っていましたが、 手紙を読まなかったことは重大な間違いだったと暫くしたら気づいたものです。 その後も女のコから声をかけられてはいて、気が向いたら続きを書きますので、へぇ~へぇ~と読み流してください(自爆)。

2005年05月23日

ピアス

昨晩とある面々と食事をしていたんですが、同席していた元自動車メーカーのデザイナーの知人が一言わたしに言いました。

「ピアス付けてみたら?」

以前から彼を知っており、最近では週末一緒に晩飯を食べることも増えたのですが、
やはり彼もわたしも周りの人も変人揃いですから、 わたし以外は意外にも誰も驚かないんですよね(笑)。
わたしの耳は所謂福耳で大きめだと言うこと。もう一つは、自分で言うのもアレなんですが、
わたしは女性に可愛がられるような風貌をしていることもあって、
この元デザイナーの「美意識」みたいな部分でピアスってこともあるようです(ホントカヨ)。
因みに過去に於いて自分の年齢前後から40半ばの女性に「カワイイ」と言われることが何度かありましたけど、
そう言ってくれる女性達と今まで「何か」をしでかしたことはないんですよね、実は(^^;;

自分でピアスを付けるのは流石に止めておきます。男がピアスを付けるのは変だってこともあるし、
何よりも耳たぶに穴を開けるという行為がどうもいやなんですよね。
自分で付けるぐらいなら女のコにプレゼントするのにデパートに見に行った方が好き。
そうでなくても偶にデパートに行くとアクセサリー売り場は必ず覗き、 ピアスでもペンダントでもどれがカワイイのかを見ていきます。
そんなこともあって、時々実家に田崎真珠のDMが届けられて母親に怪しまれますけどね(爆)。

2005年04月30日

GWなオフ

皆様、GWをいかがお過ごしでしょうか?

現在わたしは河口湖の某所にオフ会で来ております。
実はここには渋滞に遭うこともなく夕方着いたのですが、昼間は相模川で別のオフ会に出席していました。
それぞれのオフもとても楽しく過ごしております。オフ会で会った皆様方、お世話様です。

以前のブログでわたしが株式会社ライブドア 堀江貴文CEOが嫌いと書きましたが、
今回相模川のオフに出た人たちにも彼が嫌いという人がいました。というのもわたし自身もその人たちもそうなのですが、

堀江が嫌いな人は

結局「保守寄り」の人たちだってことなんですよね。

全てを壊して自分の世界を作ろうと願っている彼、
人々が苦労して作り上げたものを無視しようとする彼はやはり保守寄りの人間とっておかしいと思っているようです。
そのことがとてもうれしく思えました。

2005年03月31日

堀江貴文

2003年4月からわたしが使っているOperaというブラウザは、昨年5月に日本国内正規代理店が急に変わってしまいました。
代理店だった株式会社トランスウェアとOpera Softwear ASA (ノルウェー)とは代理店契約が切れるのが近かったらしいのですが、
トランスウェアでは契約が更新されるものと考えられていました。
しかし、2004年5月19日付けでOperaと新代理店との契約が締結したとの報道が成されました。その新代理店の社名は・・・・・・

株式会社ライブドア

という会社でした。
それまでそこがどういう会社かは知らなかったのですが、トランスウェアがもたついていたとは言え、
ライブドアはまるでトランスウェアから掠め取るように代理店権利を持って行ってしまい我々Operaユーザーを混乱させました
幸いトランスウェア側は既存のOperaユーザーのサポートをすることになったし、
ライブドア側に既存のOpera登録ユーザーの個人情報も売り飛ばすなんて事もアリマセンでしたが、
わたしはこの件でライブドアが嫌いになりました。

その後、 旧近鉄バファローズ球団買収や高崎競馬買収などの話題で一躍時の人となったライブドアを率いる堀江貴文CEO。
今、彼の目はラジオのニッポン放送に向けられています。
確かにニッポン放送やフジテレビの経営体質は今の時代に合わないかも知れない。
しかし、この男がズカズカ来るのは上記の理由もあってなんだか気分が良くないです。それとですが、

幾らベンチャー企業のオーナーとはいえ、
公式の場ではスーツとネクタイで望んで欲しいもんです。

相手に敬意を表するという態度を取るのならね!

わたしの彼に対する気分の悪さは、先頃発表された下記の件で更に増幅されました。以下引用。


現代自動車は西武球団買収を…堀江社長、 韓国紙会見で

 【ソウル=浅野好春】ニッポン放送株の議決権総数の過半数を取得したライブドアの堀江貴文社長は、 30日付の韓国紙「中央日報」の会見記事の中で、「韓国企業が日本市場で最も不利な点はブランド。 例えばプロ野球の西武球団のようなものを(韓国の)現代自動車が買えばいい」と述べ、 韓国企業に対し積極的に日本企業の買収に乗り出すよう“助言”した。

 会見は28日に都内のライブドア本社で行われた。

 同紙によると、堀江社長は「日本のメジャーブランドのうち、 経営不振に陥った企業をどんどん買収すればいい」とした上で、韓国企業が「日本に100%(出資の)子会社を作れば買える。 (韓国企業の)認知度が100%上がる」などと説明。

 堀江社長はニッポン放送について、「従業員がわずか250人なのに、役員クラスが19人ほどいる。 5人で十分だ」と同社の役員数が多いとの見方を示した。
(読売新聞) - 3月30日14時5分更新

( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050330-00000208-yom-bus_all より引用)


あのー、韓国企業に向けられたものとはいえ、何故「中央日報」の会見記事なんでしょうかね?。つーか、

何故、 韓国の現代財閥系列に買収を促すんですかね?

日本の企業ではダメなのですか? 説明してください!

ま、ニッポン放送の従業員250人に対して19人の役員クラスの人間は多いと思いますけどね。
わたしが以前いた会社でも、300名の従業員に15名ほどの役員でしたしw

2005年02月28日

二俣川

横浜駅から相鉄線の電車に乗って行く二俣川と言えば、 神奈川県で運転免許証を取得した人なら必ず行く運転免許試験場のあるところです。東京都も静岡県も試験場が3カ所ありますが、 実は神奈川県の試験場はここ一カ所しかありません。 箱根やもっと遠い相模湖や津久井湖辺りに住んでいる人には行くだけで半日仕事です。
わたしは先般1日に誕生日を迎え、青帯免許証も誕生日より1ヶ月以内に更新出来るので、 昨日27日に行ってきました。青帯なのは、 一昨年の夏に小田原厚木道路の上り平塚付近で29㎞/hオーバーのスピード違反で捕まったからです(爆)。

違反講習では最初映画を見ます。酒気帯び運転で人を轢いてしまい、 轢かれた人が亡くなって被害者加害者とも家族が大変な目に遭うってお定まりの展開ですが、正直内容が結構ヘヴィーで、 前回も似たようなのを見てわかっているので、 眼鏡を外して音声だけ聴いていました(ヲイ)。この映画の前後にはさだまさしさんの「償い」という曲が流れ余計にヘヴィーさが増幅され贖罪意識を持たせてくれます。
講習開始前、講師は本来2時間あるという講習時間をある程度端折って短縮すると言っていました。日曜日で受講者が多いためですが、 30分の映画の後は道交法の改正とその説明で、酒気帯び運転や運転時の携帯電話の使用における違反の厳罰化、 2輪車の高速道路での2名乗車等の説明があって、僅か1時間程でお終いでした。先の映画での、 お酒を呑んで運転するとこうなる可能性が高くなるぞってのはわかるのですが、ではなぜそれが良くないことなのかの説明が曖昧だったし、 携帯電話関連に至っては使用しながらの運転がなぜ危ないことなのかの解説が全くないのです。

仕事柄警察署にはよく行くのですが、署内ロビーに置いてあるテレビには実際に発生した事故の映像が流れていることが多いです。
こないだは元F1パイロットの片山右京氏の解説と実践によるフットブレーキの踏み方を考察する物が上映されていました。 
ちょっと前まではやはり試験場で使うような映像を流していましたが、そういった映像を流すって事の意味合いを考えてしまいます。 
このような講習は自動車を安全に使うことを啓発し、マナーを守り交通事故を防ぐためにどうしたらいいかを学ぶものではないでしょうか。
あの映画はどちらかというと贖罪意識を持たせて、1人でも多くの運転免許資格者がその資格を返還し、
自動車を運転する気にさせぬように作ったとしか思えないのです。 ああいった映画を先に見てしまうと、
改正された道交法の説明よりも、映画の内容の方が心に残り、気になってしまいます。 
無論飲酒運転や酒気帯び運転はしてはならぬ事ではありますけど、その事故がなぜ起こったのか、
どうしたら回避することが出来たのかの分かり易い説明が殆どなされていない。
仮にドライバーがお酒を呑まず、体調がすこぶる万全でも、幾ら気をつけて運転していても、
歩行者や自転車に乗っている人が気をつけていたとしても映画のような事故が起こらない可能性は残念ながらゼロではないのです。
一体何のための更新講習なのかがわかりません。 映画をやっている間は講師はなにもしなくていいんですから楽でしょうけどね(核爆)。

2005年01月22日

地上の星の観測

ここ最近デパートに出かけて中を歩くと、どういうワケかジュエリーショップに吸い寄せられます。
先ほど玉川高島屋にある伊東屋(銀座に本店のある老舗の文具店)に買い物に行ったのですが、
ふらぁ~とジュエリーショップに吸い寄せられ、そこで5分ほどショーケースの中を眺めていたかもしれません(笑)。

あの手の品は無論女性が身につけるモノなのですが、わたしの場合はそれらをプレゼントする対象が一応存在するわけですから、
リングでもピアスでもデザインが可愛くて気品があるのを見ると、あのコがこれ付けたらいいだろうなって思って眺めているのです(笑)。
実際過去に買ってきたものはピアスだけなんですけどね(^^;;

いつの頃からの話かは知りませんが、エンゲージリングはお給料の3ヶ月分の金額の品が目安だということがありましたよね。
ご存じの通りそれは某ダイヤモンド会社の宣伝戦略の1つであって、男のプライドを金で換算するものでありました。
わたしがいいなと思ったダイヤモンドのリングは\350,000のプライスタグが付いていました。
この金額はわたしが毎月受け取るお給料の3ヶ月分を割ってはいますが、品のある可愛らしいデザインのそれを見たとき、
「う~ん、ぷりちいだわぁ~♪」と思いました。いやぁ、 誰かにあげるリングを買う予定は現時点で全くないんですけど(爆)。

こういったモノは金額ではなく、自分が身につけた感性で選べばいいのではないでしょうか。
幸いわたしはその感性を磨く環境に恵まれましたが、その感性を周りの人たちに納得させるのに10年以上要しました。
お金もトータルではそれなりに遣ってしまったかも知れないし、失敗もしたし、周りの人たちに迷惑をかけることもありましたが、
そういった感性を磨く場に自らすすんでおいていたことはとても楽しいことでした。
誰かにプレゼントするアクセサリーを買う場合は、付けてもらう人の事を思って品物を決め、
そのあとにプライスタグを見ればいいんです(笑)。
その品にお金を出せないときは縁がなかったと思って諦めましょう。
無理矢理財布の中身にあわぬ高価なモノを買ってしまったら、そのあとが楽しくありません。

そう云えば以前御殿場のアウトレットで仲間数人と買い物をしに歩いていたときも、
田崎真珠のショーケースにあったパールピアスとシルバーピアスにわたし1人釘付けになってしまったのですが、
突如どっちにしようか迷いはじめた挙げ句に、一緒に来ていた知り合いの女のコが背後から声をかけてきたので、
「キミならどっちが欲しい?」と彼女に選ばせて、 \12,000のパールピアスをクレジットカードで切って買ってきたこともありました。
それはその子にあげるものではなかったんですけどね(ヲイ!)。その後実家には田崎真珠からDMが届けられ、母親に怪しまれていますw。

2005年01月19日

やんごとなきエンスージアスト

BLOGを始めて1週間が経ちました。
まだまだ馴れない部分が多く、未だにここからトップに戻るにはブラウザのBACKボタンを押していただく必要があります。
この辺も含めて出来るだけ読んでいただけるようなものに仕上げていこうと思っています。
それと、BLOG開設に伴い今までの掲示板を廃止しようかと考えていたのですが、
とある常連さんからBLOGにはコメントしづらいとの指摘を頂戴しました。
Webmaster自身もその辺りを開設前から他のBLOGを拝読してみて薄々感じていたところがあるんで、
掲示板はレンタルを止めて、CGIファイルをサーバで運営する掲示板に移行するようにします。
元より今の掲示板は、書き込みの時にどう読んでもマトモなのに、
禁止語を使っていて書き込み出来ないときが結構あったこともあります。
前フリが長くなりましたが以下本題に移ります。

年末年始にかけて、日本の名家出身の男子の婚約や結婚が相次ぎ発表されました。

お相手の女性についての話はともかくとして、彼らに共通するのはかなりのクルマ好きであるということ。
それも共に英国車乗りだったりします。前者は7年前に買ったというロータス・エリーゼ、後者はなんと1950年代後期のMG-A。
競技の経験もあるのも一緒のようです。
確かにやんごとなき人達ですが、わたしたちと同じように斯様に趣味性の高いクルマを所有していることを思えば、
言い方は悪いのですが、結局彼らも我々と同じ「愛すべきおバカさん」なのだと思います(^^)。

ヨーロッパを中心に名門の家の出身者には相当のクルマ好きが多くいることは知られていますが、
中には一昔前にJSPCやWSPCでトヨタGr.Cレーサーに乗っていたスコットランドの貴族ジョニー・ダンフリースや、
JTCCでシュニッツァーBMWに乗っていたレオポルト・フォン・バイエルンのようにプロのレースカードライバーとして身を立てる人達もいました。
彼らは政府の行事で来日した際は国賓扱いになるそうですが、
レースで来日したときはVIP扱いではないと聞いたことがあります(ホテルもチームと同じらしい)。
1950年代後期にF1やスポーツカーレースに参戦、1960年のル・マン24時間をフェラーリ・テスタロッサで制して、
後に世界的に著名なモータージャーナリストとなるポール・フレールも母国ベルギーではかなりの名家の出身者であると聞きます。
日本でも明治後期にかの大倉財閥の大倉喜七郎が英国ケンブリッジ大学留学中にフィアットを買ってレースに参戦、
好成績を収めたなんてこともありました。

しかしクルマ好きの名家出身者で最たるのは、
イングランド南部グッドウッドで毎年初夏に行われるFestival of SPEEDの主催者チャールズ・マーチ卿に他ならないでしょう。
イングランドでは中間クラスの貴族であるマーチ卿は文字通り物好きが高じて、
自分の荘園に古今東西のレースカーやラリーカーとドライバーを集めるようになり、
その博物館クラスの歴史的な競技車両を敷地内の1.5㎞に及ぶコースでタイムトライアルを行うといったイベントを過去10年以上にわたって主催し、
今ではすっかり世界最強のモータースポーツ系イベントとしてマニアな変人さんであれば誰もが一度は行ってみたいイベントとなりました。
貴族の敷地内とは言え開催期間中は入場料を払えば一般にも開放されるのです。

大倉喜七郎は別にしても、日本で名家出身者の趣味と言えば、日本舞踊や華道茶道、
クラシックミュージックの鑑賞、剣道などの武道に興じる人が多いように思えるのが世間一般の通念のようですが、
まさかモータースポーツが趣味とは思えないでしょう。
日本では未だにキチンと取り扱われることのない自動車趣味ですが、名家出身者がレースやラリーに出ていたりすると、
人が人だけに世間では「いいご趣味」として世間様では扱われるようです。
我々がやる場合は人によってはやれ環境破壊だとか暴走族だとか云われてしまうんですな。
しゃーないと云えばしゃーないですが、「人」によって扱いがこうも違うのかって考えてしまいますね(苦笑)。
そういったやんごとなきエンスージアストも、今回のように皇族の女性や女優を娶ったりすると、
今までは休日の楽しみとしてやっていたことをホイホイと出来ることは出来なくなるようです。
これもしゃーないと云えばそれまでですが、彼らはそれを承知ででしょうし、おめでたいことですからいいんじゃないでしょうか?

2002年07月27日

いい日旅立ち

毎日、自分の生活圏から脱出する日々を夢想しながら日々の仕事をこなし、
休みになると平日ではまず行かないような場所に行きたがるわたしは旅行が大好き。
特にわたしは自営業者で、営業圏が会社のある川崎を中心として都内の品川とか湘南の平塚あたりまでで、
支店や営業所がないので人事異動などを体験することがなくなったので余計に感じるみたいです。
そのせいか6年前のサラリーマン時代に比べて休日に家にいない比率がぐっと増えましたし、
ラリーGB観戦のために2度も出かけたイングランド、ウェールズ、ベルギーでのあの強烈な日々もあります。
そんなわたしが去年渡英前に入会したJALのマイレージ会員のポイントは、
今年創立50年を迎えたJALが昨年からやっているボーナスポイントキャンペーンに見事に引っかかり、
東京-ロンドンを一往復しただけで最遠フィリピンのマニラまでの往復チケットを受け取る権利を得ました。
通常なら東京-ロンドンを2往復してやっと得られる権利です。
権利を所有した以上は使うべきだとどこに行こうか選択したのですが、
マニラと香港はサラリーマン時代に出張で行ったことがあります。
マニラは観光で出歩くには今一歩だし、香港は刺激的な大都会ではあるけど、
それだけに相当のお金を散財してしまいそうな雰囲気があって何故に香港に行くのかが判らなくなり、
そういう意味では台北もソウルもそうかもしれぬと考えるようになりました。
ならば国内のラリーを見に行くのに使おうと思いました。
今年9月にアジア・パシフィックラリー選手権の一戦として日本初のFIA選手権ラリーとして開催される、

Rally Hokkaido

を観戦するのに使おうと決めました。

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2001年12月31日

英語

え~、ここのWebmasterたるわたしはある程度の英文の読み書きが出来、
話も多少(中学生で習う程度)なら何とかなることはご存じかと思いますが、
殆どアップされていない英語サイト(爆)は意外にも訪問する人が多いみたいです。
できればそちら